メガネをはずした、だけなのに

 指先が鍵盤にふれるたび、力強い旋律が走る。


 繊細に奏でられるメロディー、フットペダルを踏み込んで音色を優しく変えていく。


 音楽高校の試験や入試問題として使われることもある楽曲を、いとも簡単に弾きこなしてる。

 技巧性と難易度が高いのに、まったくミスタッチがない。


 私は、演奏をする後ろ姿に見入って時間を忘れてしまう。


 ――その時。


 横顔が少しだけ見えた。


「賢斗くん……」


 私は足が震え、手に持っていた書類を落としそうになる。

 背後に立って見つめてる私に、賢斗くんは気づいてない。

 急いで扉から離れ、身を隠した。



「まさか、そんなことって……」



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