メガネをはずした、だけなのに

「わたしの名前はピー子じゃない!橋本詩音だからっ!」


 大きな声で怒鳴ると、同級生の仲間と一緒に階段を昇っていく。

 その様子を、私と賢斗くんは見届けていた。


「ありがとう、賢斗くん」


「いや、偶然に通りかかっただけさ」


「すごく怖くて、足が震えちゃった」


「だよな、泣き虫ピー子の面影は残ってたけど、すっかり大人になってた」


「私は賢斗くんから聞くまで、ロビーでいつも泣いてたピー子さんだって気づかなかったよ」


「……」


 賢斗くんが口を閉じて、私から視線を反らした。

 気まずい空気が私たちの間に流れてる。

 たぶん、私に対して何も言ってこなかったことを、ピー子さんこと橋本詩音さんが全部話してしまったからだろう。


 何も言わずに背を向けて、賢斗くんは歩き出そうとしてる。


「まってよ、賢斗くん!」



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