メガネをはずした、だけなのに

 私の声に反応して、賢斗くんは立ち止まった。

 何も言わずに、この場から立ち去ろうとしてる。

 呼びかけても振り向いてくれないし、私に背中を見せたまま。


「何も説明してくれないの……」


 私の言葉は聞こえてるはず。

 賢斗くんも、今まで話してこなかったことを、私に知られて困惑してるに違いない。


 職員室へ頻繁に通ってたのは、留学しても退学にならないよう担任の先生へお願いしに行ってたんだね。

 放課後、旧校舎でピアノ練習してるのを橋本さんは知ってたんだ。

 賢斗くんが念入りに練習してる、革命のエチュードを本番でぶつけて勝負を挑んでくるみたい。


 そもそも、来週のコンクールとか聞いてないよ。

 優勝して助成金がもらえたら、病床のお母さんに負担が掛からないね。


 中学校卒業と同時に海外留学へ行く話しは実現しなかったけど、あきらめてなかったんだ。



 何となく私に言いづらいよね、気持ちは分かるけど……



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