メガネをはずした、だけなのに

 疾走感のあるメロディは、誰もが耳にした事があるはず。

 一小節目から、素早い左手の16分音符も軽快に弾きこなす。


 でも、ちょっと演奏が乱れたのは目の前で私が見つめてるせいかしら。

 学校で私を睨みつける時、いつもイライラした表情だったから……


 ――と思っていたら。


 素早く体制を立て直して、フットペダルを踏み込み音色を優しく変えていく。

 前奏者とは次元の違う表現力、高校生のレベルを越えた演奏に言葉を失う。


 指先のタッチを変え、綺麗に響く音を奏でてる。

 複雑な音の羅列はとても美しく、会場全体に響き渡っていた。


 客席が橋本さんの演奏に引き込まれていく。


 小学生の時に、賢斗くんが優勝して泣き崩れてたピー子さんの姿はどこにもない。

 相当な練習を積み重ね、ここまできたのだろう。

 小学生の時にピアノを諦めてしまった私が見ても、レベルの高さがわかる。

 見えない所で、橋本さんも努力してたんだ……


 演奏は静かに後半へ向かってく、そしてフィナーレ。

 客席から大きな拍手とブラボーの声。


 立ち上がった橋本詩音さんは、笑顔で礼をしてステージを去っていく。

 すべてを出しきった演奏は、圧巻で言葉も出ない。



 次で最終演奏者、司会者の言葉を聞いた私は胸がぎゅっと締め付けられた……



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