メガネをはずした、だけなのに

 ステージマナーと立ち姿に気をつけて、歩き進む賢斗くん。


 立ち止まって観客に礼を終えると、顔を上げて視線を前に向けた。

 その時、私と目が合ってしまう。


 やっぱり、制服姿の私が客席に座ってたら驚くよね。

 何も言わず、口を噤んで今日という日を迎えたのに、姿を見せてゴメンなさい。

 コンクールで優勝を決めて、海外へ音楽留学したかったんだよね。


 そこに、私が入り込む隙間はなさそう。

 小学生の時にした私からの告白は、賢斗くんの重荷だったのかな。

 黙って目の前から消えてしまうなんてズルイと思ったけど、それが賢斗くんの優しさなんだって考えてしまうよね……


 ステージ上の賢斗くんは、私を見つめたまま動かない。

 客席がザワザワし始めた。


「小学生の時にコンクールを総なめにした神童が、今さら」

「三年もブランクがあるのに、まともな演奏ができるのか?」

「ピアノは、そんなに簡単じゃない」


 など、批判的な話をコソコソ小声でしてるけど、私の耳にはハッキリ聞こえてくる。



 そんな逆境の風が吹く中で、賢斗くんは演奏ができるのかな……



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