獅子だからと婚約破棄された私だけど、番に出会ってとても幸せです。
 どうしてしまったのかしら私は、とてもドキドキしているわ。この国ではあまり見られない夜を思わせる綺麗な髪。触ったらきっとさらさらなのでしょうね。ああ、なんて綺麗なのかしら。


 それにその吊り上がった黄色い瞳に見つめられたら、私どうなってしまうのでしょう。それにそんな風にキツそうな見た目をしているのに、声が優しい。丁寧な態度はなんというのか、前にお母様に聞いた見た目と中身が違ってそれにときめく現象なのかしら?


 というか、何で私初対面なのにこんなにドキドキしているのかしら。




「……わ、私はソーニナ・プロッヘンですわ。よろしくおねがいしましゅ。……あっ」



 戸惑いながら、挨拶をしたら思わず噛んでしまった。恥ずかしいわ。こんな素敵な方の前で恥ずかしいことをしてしまったわ。
 それにしてもお父様もお母様もお兄様も平然とした顔をしているけど、私がダイス様に心を射抜かれていることは悟られているだろう。



 噛んでしまった私を見ても、ダイス様は笑っていて。なんでしょう、とてもときめてしまうわ。心臓がどきどきしていてどうしたらいいか分からない。



 なんとか平常心を保って、ダイス様を客間へと案内する。



「え、えっと……」



 ドキドキする。ああ、かっこいい。その目にずっと見つめられたい。その細いけれど筋肉質な身体に抱きしめられたいって……私は何をはしたないことを考えているの!! 駄目よ駄目よ。こんなはしたないことを考えていると知られたら引かれてしまうわ。
 ダイス様はこんな風に私が挙動不審でも笑っている。……お姉様たち二人の話では女性に冷たいって聞いていたのだけど、そんなことなさそうだわ。ああ、もう駄目だわ。
 ぼんっと私の頭の上で音がする。耳が生えてしまったわ!! 獅子の耳が両耳とも。こんなにドキドキしてしまったら顔まで獅子になりそうだわ。






「ダイス様、ソーニナはどうですか?」




 ちょっとお兄様、何を聞いているの!? これでダイス様に興味ないなんて言われたらどうしたらいいか分からないわ! そんな文句が心の中で漏れた時、信じられない言葉が聞こえていた。



「やっと見つけました。彼女は俺の番です」



 ああ、一人称が素では俺なのかしら。私と言っている時も俺と言っている時も雰囲気が違って何だか素敵って、違う違う。そうじゃないわ。それよりももっと信じられない言葉を彼は口にしていたわ。



 番?
 つがい?
 番って、獣人が本能で見分ける運命の相手? 


 混乱で一杯の私。お兄様も、ダイス様も笑っている。




「それは良かったです。私の可愛いソーニナもあなたの事を番と感じ取っているのでしょうね。びっくりするぐらい挙動不審ですし。可愛いでしょう?」
「はい。とっても可愛い」





 可愛いなんて言われて私は益々頭がパニックになって、顔まで獅子に変わった。ああ、終わったかも。私ってば獅子の姿だからって王太子殿下に婚約破棄されたのに! 番だろうとも相手に嫌われることもないわけではないって聞いているもの。
 ひかれてしまうわ、と思わず顔を隠す。



「どうして隠すんだ?」
「……他国から来たダイス様は知らないと思いますが、私の可愛い妹は、獅子の姿が恐ろしいと婚約破棄されたのですよ。貴方に嫌われたくないのでしょう」



 お兄様が何だかダイス様に説明をしている。ひかれてしまうと顔を隠すことに必死な私。



 そんな私に近づく気配がする。手が、私の顔に――ふさふさの顔に触れる。そして手をどかされる。目の前にダイス様の顔がある。近い。近すぎて恥ずかしい。ああ、ドキドキする!
 というかお兄様が、私にとってもダイス様が番だろうって言っていたけれど、これが番に会った時の反応? 顔が近すぎて口づけしたいわ! って違うわ。そんなことを急にしたらいけないわ!




「み、見ないでください!」
「隠す必要はないよ。綺麗な毛並みだ」



 見つめられて、そんなことを言われて私は平常心でいられない。



「え、えっと、私は獅子だから。こ、怖いでしょう!! こんな風に人の身体に獅子がのってるなんて! それに私、寝起きとか完全獅子ですし!」
「気にしなくていいよ。獣人の血をひいているならそれも当たり前のことだから。俺だってそうだし」



 そうだった! ダイス様は獣人の国から来たのだから、私みたいなのも見慣れているのですわ!
 そう思っていたら、ダイス様の顔が変わる。――黒猫だ。綺麗な黒い毛並み。ああ、なんて綺麗なのかしら。こうやって獣人の姿でもかっこいいなんて。どんな姿でもいいなんて思うのは、私が彼にドキドキしているからかしら。





「気を抜いた時に完全に獣型になっているのは、獣人の国ではよくあることだよ。ソーニナも制御を学べば自分の意志以外では隠せるようにもなるよ」
「そうなのですか? 私と同じ人が沢山いるものですか? ダイス様」
「ああ。もちろんだよ。皆、そうだよ。敬語も様もいらない。名前呼びでいいよ」
「え、えっと……ユ、ユージム」



 ドキドキするわ。見つめられるだけでドキドキするし、優しく笑われるだけで心臓が飛び出しそう。名前で呼べば嬉しそうに花が咲くような笑みを浮かべて、かっこいいわ!




「ダイス様、妹といちゃつくのは一旦やめてもらいますか? それで番だと分かったわけですが、どのようにします?」
「そうですね。しばらくこの屋敷で暮らして、ソーニナの事を知れたらと思います。本能で番だと分かっても、性格が合う合わないはありますから。とてもかわいらしくて、今段階ではとてもソーニナのことを気に入ってますが」



 まぁまぁ! 番だと分かってもやっぱりそういうことがあるのね。本能で運命の相手かも! と思っても互いに違う人なのだから色々あるみたい。ユージムはとても慎重でしっかりした方なのね。


 私もユージムのことがとても素敵で、かっこいいと思ってならないけれど、一目見て素敵と思うのと、ずっと一緒に過ごすのは別だもの。
 でも私は現状、ユージムにとても惹かれているわ。こんなにもかっこよくて、素敵だと思った相手はユージムだけだもの。




「ユージムに好かれるように頑張るわ!」



 そう口にしたらお兄様が「私の妹凄い可愛いでしょう?」とそんな風に言っていた。ユージムがそれに頷いていて、何だか嬉しくなったわ。




 それからしばらくユージムは、屋敷に留まることになった。
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