毒舌王子は偽りのお人形の心を甘く溶かす
そして、時間は無情にも過ぎていく。
私の感情なんてお構いなし。
待ってなんてくれないのだ。
何が言いたいかって、お風呂に入る時間が迫っていて、私は一刻も早く部屋へ戻らなければならない。
だから、早く涙を止めなきゃいけない。
冷静な私に戻らなきゃいけない。
そう、気持ちが焦る。
しかし、久しぶりに勝手に流れ出てきた涙を止めるすべを私は知らない。
もう、本当に。私はダメなやつだ。
滲む視界のまま窓の外を見ると、いつの間にか真っ暗になっていて、電気のないところは墨をぶちまけたように真っ黒。
そこに行ってしまえば、一緒に溶け込んで二度と戻ってこられなくなりそうな雰囲気に、本能的に恐怖を感じる。
それでも水上くんは、私の手を引いたままその暗闇へと突き進んで、そこにあったベンチに腰掛ける。手を引かれていた私も必然的に同じように座った。
「あのっ、私、もうそろそろお風呂に入る時間で……」
「あぁ。その心配はないよ。僕達は炎の近くに行くでしょ?それで煤で汚れたり、汗をかいたりするかもしれないから、入浴の時間はその後にあるんだ。結城さんが出ていった後に先生が言ってた」
私の言葉に被せるように言ってきたその内容に、またもや先生への呆れが出てくる。
そういうことは私がいる時に言え。
おかげで涙が引っ込んだじゃないか。
「それに、ここならお互いに顔も見えない。よっぽど近づかない限り、ね」
急に近くなった声と顔に心臓がびっくりする。
確かに、離れていればお互いの表情はわからないし、近づけば輪郭はぼやけるものの水上くんの整った顔が私の目に映った。