毒舌王子は偽りのお人形の心を甘く溶かす
と、身構えていたにもかかわらず。
───ジャキッ。
『は……?』
銀色に光る鋭いものを私に向けたのが一拍遅れてわかったとき。
『あーあ、かわいそう。自慢の長い髪の毛が短くなったなぁ』
幼い頃、毎日母に愛情込めてといてもらっていた長い髪の肩から下の部分が静かに落ち、床へと散らばった。
左側だけが短くなってアンバランスになる。
まさか、ここまでド派手なことをやってくれるとは思わなかった。変人の思考を読むことは私にはできない。
『あれ?今度こそ、泣いちゃう?"助けてママ〜"って、みっともなく逃げ出しちゃう?』
私が俯いて落ちた髪を見つめているのがそんなに愉快なのか、それとも私の魅力の一部を自分の手で失わせることが出来て嬉しいのか、ヤンキーのような口調をあえて子供に話しかけるような穏やかなものに変えている。
……なんだ、黙ってもこんなことされるのか。口を閉じるのが遅かった。
いや、きっと私がご機嫌取りの言葉をかけても無駄だろう。彼女の心は私の発する言葉全てを跳ね返してしまうのだ。
だったら、いっそ捨て台詞でも吐いて彼女の言うとおり逃げ出すのもありかもしれない。
もやもやしたものを全て吐き出したいが、今度こそ彼女の手に光る刃先が誤って自分の身体に沈み込む、なんてことはさすがに遠慮したい。
髪は女の命という言葉があるけど、私はそれに共感するほど女子らしくもなく、髪を切られたことに対してなんの感情も湧いていないのだから、恐怖で体がすくんで動けない……ということもない。体は私の意思どおり自由に動いてくれる。
『……ばっかじゃないの』
『……あ?』
『この長くて綺麗な金色の糸のような髪をあなたは喉から手が出るほど欲しているんだろうけど。あいにく、私にとってはどうでもいい、気にもとめない程度のもの』
おっと、彼女は煽り耐性がないらしい。その証拠に彼女のハサミを握る手が力んでいて、小刻みに震えている。
刺される前に捨て台詞を吐いて早く逃げよう。正直、言い足りないのだけど、そこは我慢だ。
『───私の価値はそんなものが失われたくらいじゃ落ちない。あなたごときが私のことを見下せると思わないで』
やっと少しだけ胸がスッキリしたところで、血の海になる前に自分の運動能力を駆使してその場から逃げ去ったのだった。