毒舌王子は偽りのお人形の心を甘く溶かす


それからは無我夢中で、細かいことはあまり覚えていない。
ただ、じわじわと広がっていく大量の血液と、液晶のボタンを押す指が小刻みに震えていたことだけ記憶している。


たとえどんな母親であろうと、血の繋がった人を失うのはとても怖いと思ったし、一命を取り留めたと聞いたときには深い安堵を覚えた。


ようやく落ち着いて呼吸ができるようになったとき、どうしてこんなことになってしまったのかと考えた。考えなければいけないという使命感に駆られた。


私は昔から母の言うことを聞けなかったし、聞かなかった。

私は不必要に他人と仲良く出来なかったし、そうしたいとも思わなかった。

私は誰にも見下されないようにと、必死に立場を保とうとしていた。


……でも、それらは全部、間違っていた。


私が、自分の承認欲求を満たすことしか考えていなかったから。人付き合いを良くするための努力を怠ったから。

同性からも愛されるような、親しみのある可愛い子に育たなかったから。

だから、母が壊れてしまったんだ。


母だけじゃなく、私の気づかないところでいろんな人達を不幸にしてきたことは学校での一件からも明らかなこと。


私は自分のしてきたことが間違っていないと思っていたけれど……でも、実際に私の自己中心的な思いが招いた不幸であることに変わりはない。


私のせいで、たくさんの人が不幸になった。……人を殺しかけてしまった。


こんなことは二度と起こってはならない。


母が望んだことは?女子達が嫌がっていたことは?私がみんなから認められるにはどうすればいい?


私は、何をすればいい?


───そうだ。今度こそ周りが望む可愛いお人形さんになろう。


そして、桜の木に蕾が目立ち始める季節。母の心の療養も終えたある日。


『お母さん、久しぶりだね』


そう言って口元に可愛らしい頬笑みを浮かべた私を……母は愛おしそうに抱き締めた。


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