毒舌王子は偽りのお人形の心を甘く溶かす


「ありがとう。……でもね、慎くん」


私は曖昧な笑みを浮かべ、しかし声だけははっきりと、彼の名前を呼んだ。


そして彼は、これからなにを言われるのかを察したらしく、以前にもどこかで見たように寂しく笑った。


「別れよっか」


すると、子供が母親に抱きついて縋るように無言で私を強く抱き締める。


二人きりの空き教室。
勝手につけたクーラーだけがごーごーと空気を読まずに音を鳴らす。


熱い抱擁をされているというのに、私の心臓はどこまでも落ち着いている。そのことに気がつき、とある人が脳裏をよぎった。


そっと目を閉じ、ただ黙って拘束が解けるのを待つけれど……込められる力が緩むことはなく、痛みまでも感じられる。


でも、私のこの痛みは彼の心の痛みとは比べられないほどのものなんだろうと思うと、抵抗する気になれない。


やっぱり、人を傷つけるって苦しい。


「ごめんね。慎くんは私が思っていたよりもずっと私のことを見てくれてたんだね」


他人の言葉に流されるような、中学の頃に関わった人たちとは違う。


未だに私の言葉に返事をせず首を縦に振ることもしないのは、自分が見ているものだけを信じているから。


彼もどうせ周りと同じで可愛い私が好きなんだと決めつけ、向き合おうとしなかったのは私の方。


そういえば、小学生の男の子にお説教していたのが胸に刺さった……とかなんとか最初から言っていたのだから、思い違いも甚だしい。


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