毒舌王子は偽りのお人形の心を甘く溶かす
「大丈夫?災難だったね。僕の飲みかけで良ければ水があるよ。あと、制汗剤とタオルも持ってきたから良ければ使って」
そこには王子様というよりも、今は有能執事という言葉がぴったりな水上くんがいた。
混乱している私をよそに、ただただ私を気遣ってあれこれ用意したものを出してくれる。
状況把握はまだ完全には出来ていない。
だけど、彼の用意してくれたものたちは砂漠の中のオアシス……いや、砂漠の中の大海くらいありがたい。
有能執事とは言ったものの、じわじわとありがたさを実感し、一人の人間ではなくもはや神様に見えてきた。
至れり尽くせりで何回お礼を言っても足りないくらい。
「ありがとう!今度お礼させてね!」
にぱっと自分の中での最上級の笑みを作り、社交辞令ではない言葉を口にする。
借りを作りっぱなしなのは性にあわないのだ。
そういえば以前、シャーペンを交換して、本人の意図するものではないとは思うけれども、私好みのものをくれたことを思い出す。
ここらでなにか豪華なものをお返しをするべきだろう。
ただ、お返しの内容は何がいいのか、私はこの人の好みを全く知らない。
「ふふっ。頭のおかしい馬鹿どもに追いかけられて疲れているでしょ?今は笑顔なんて作らなくていいし、何も考えなくていいよ。休んでて」
「……は?」
確かに目の前にいる人から声が発せられたのに、その人が放った言葉とは到底思えず、自分の耳を疑った。
目の前の人は私の驚きを察しているだろうに、いつもの完璧な笑みを浮かべたまま微動だにしない。