雲居の神子たち
この世には八百万の神が存在する。
多くはその土地に根付き人々を守る存在。
しかし、一部は世界を渡り時に嵐をもたらすこともある。
――若造は頑張っておるのぉ。
声ではなく直接頭に入ってくる念。
久しぶりの感覚に大巫女は固まった。
――あの娘も、結局険しい道を選ぶか。
そう仕向けたのは誰なのですかと言いそうになった。
全てはあなた方の導き。稲早は望んで険しい道を歩み出したのではない。
そう叫びたい気持ちをぐっと抑え、ただ頭を垂れた。
13年見守ってきた我が子のような存在。
この命は他とは違い、神から与えられた尊い存在と承知していた。
だからこそ、厳しく、大切に、間違った道に行くことのないようにと育ててきた。
「なぜあの子を、私たちの前から奪うのですか?」
このまま稲早が成長し雲居を収める大巫女となるものと疑いもしなかった。
それまでは自分がこの深山を守るのだと気力をつないできた。
それが・・・
――良いではないか。白蓮も稀有なる能力の持ち主だ。
そんなことはわかっている。しかし、
――あの子行く末が気になるのかい?
「ええ」
長い間見守ってきたかけがえのない存在。できれば手元に置いて我が後継者としたかった。
――人には皆使命がある。尊の使命は私利私欲にまみれてしまった世界から神の加護を取り戻すこと。そのためにはまだまだ多くの魔物と戦うことになるだろう。
――若造の命が尽きるのが早いか、世の中の浄化が早いか、競争だねえ。
場違いなくらい面白そうに、神々は語らう。
じゃあ、稲早は?
大巫女は言葉に出さずに顔を上げた。
――あの者は、世界を一つにまとめ守護となるもの。
「守護神?」
――そうだ。まだまだ道は険しいが、いつか、きっと、世界を救ってくれる。
世界を救う。
あまりにもスケールが大きくて、言葉が出ない。
――大丈夫だ。あの子は、愛することも愛されることも知っている。どんな障壁があろうとも、きっと乗り越えるだろう。
――そうだよ。
――大丈夫だ。
この時、大巫女は気づいた。
私たちが稲早を大切に思うように、神々も稲早を愛してくださっている。
これが稲早の持つ力なのだと。
真っ暗な部屋、数本のろうそくが灯されただけの暗闇に置かれた大きな水鏡。
これが唯一、大巫女が外の世界を知る手段。
今そこには宇龍とともに雲居を後にする稲早の後ろ姿が映る。
「どうかご無事で」
大巫女は祈るような思いで手を合わせた。