都合のいいふたり
玄関を開けると、人の気配を感じる。

リビングの扉の向こうから、テレビの音が漏れている。私は、その音に安心する。

ただ、このまま自分の部屋に戻るにしても、涼介のいるリビングを通らなければならない。

私は俯き、小さな声で「ただいま。」と言って、階段へと一直線に向かった。

「おかえり。」と振り向いた涼介は、私の顔を見た。

「どうしたの?」

「どうもしない。」

「ごめん。プライベートに立ち入って。」

最初に決めたルールのことを言ってるんだ。
私は黙って、2階へ上がった。

バスルームで顔を洗い、そのまま服を脱いで、シャワーを浴びる。

全てを洗い流せればいいのに。
私は自分が傷付いた今になって、初めて本当の不倫の罪深さを感じていた。
今まで、自分が傷付ける側の人間だったんだと。

バスルームから出ると、携帯にメッセージが
届いていた。
1階にいる涼介からだった。

『何も聞かないから、もし、飲みたかったら下りて来て。俺が邪魔だったら、部屋に戻るし。ここは、あゆの家なんだから。』

辛いことがあった時、家に帰っても私が話すまで、何も聞かずに、ご飯を作ってくれていたお母さんを思い出した。

お母さんが天国に逝ってからは、辛い時は、家で独りで泣くのが当たり前になっていた。
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