熱い熱がたまる
3
✴︎


相手チームの攻撃になると、観客は一斉に力が抜けたようになった。この間に休憩するのか、トイレや食べ物を買いに、まばらに移動し始める。

球場の反対側では、相手チームの応援がはじまり、遠くに応援歌が聞こえる。

舞香は球場の風を頬に受け、目を瞑って喧騒と風を感じていた。


「今のうちになんか買いに行くか?」


と、いきなり右隣の男性に声をかけられた。

舞香がパッと右隣を見たら、彼は開いた足に手をぶらりと下げ、下から舞香を見ていた。

目がパチっと合う。

男らしいスッキリとした額に、黒い短髪がかかる。精悍な目鼻立の切長の目は鋭かった。舞香の中身まで見てくるような強さだ。
男性的な輪郭とあごだが、唇は大きく形良くて色っぽく、舞香の目を引いた。
舞香は両手の指を組んで、緊張をほぐそうとギュッギュッと何回か動かした。

「はい? あの、えっと⋯⋯ どなたですか? 」

「秋山から聞いてない? 同じ会社の北川だ。
北川貴文(きたがわ たかふみ)


秋山って誰だろう? まゆ子のカレシさんかな? と思った。


「えっと、私は前田舞香です」


貴文は、返事をせずに立ち上がった。
舞香も立ち上がった。
彼は背が高くて、顔を見ようと思うと、少し見上げるぐらいだった。

舞香は、髪とスカートを押さえながら、そっと座席の間を通って通路に出た。
となりの細いおじいさんは、お手洗いかな、何か買いに行ったのかな、もういなかった。


階段を降りると、ぐるりと廊下に沿って様々な店が並んでいた。


「わあ、すごい! 」


舞香は珍しくて、思わず目を見張った。どの店も活気に溢れている。


「わざとやってんの? 」


横にいた貴文がそう言って。チラッと舞香を見て、


「まあ、いいけど」


とため息をついた。
そのまま少しお店を見て回った。


「何にする? 」

「いろいろあって迷っちゃいますね! 」


と珍しくてキョロキョロしている舞香を、
貴文は胡散草そうに見ていたが、


「オレはそこの唐揚げとビールにするわ」
「じゃ、私もそうします! 」


と舞香が弾んで言ったら、


「お前、わざとやってんの? 」


とまた言われた。
彼はため息をつきながら、唐揚げの列にならび、それぞれ食べる分を買った。

落とさないように真剣に歩いていたら、貴文が複雑そうに見てくる。

(ビールまで持ったら、歩けないな、)

と考えていたら、貴文が自分の唐揚げを重ねるように舞香に持たせた。


「ビールはオレが持って行ってやる」

「あ、ありがとうございます、私は唐揚げを落とさないように、、、」


と真剣な顔をして行ったら、


「気をつけろよ」


と言われた。

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