さあ、有象無象
斜陽を眺めて咽び泣く相田を見る力丸の隣で、丸椅子に座っていた越前がふいに立ち上がった。
そしてベッドの窓際に周り、顔を背けて咽び泣いているであろう相田光輝の前に立つ。逆光。光を遮り、影を灯した黒に佇む双眸は、とても澄んだ琥珀色だった。
「僕はお前が怖いが」
「越前!」
歩くのが速い男だ。病室から出るなり速やかに離れ、既に廊下の端で豆ほどの大きさになっていた越前に追い付くと、力丸は息を切らす。
「さっきのどう言う意味」
「そのままの意味だが」
「あんたは本当に何がしたいかわからない。人の傷に塩を塗るどころか塩の中に叩き落とす、陥落させ絶望の淵で佇んでる人間の傷みなんて人外のあんたにはわかんないんだろうけど」
「本件における調査は終了だ。相田光輝自身が書籍化のチャンスを失いサイトも当面運営停止、利用ユーザーは別サイトに移行し水沼を筆頭としていたアンチユーザーの多くは素知らぬ顔で嗤っていることだろう。ひとたび下衆い罵倒をしていた人間が敬語で喋って素敵ですねと宣う。大衆の二番煎じであると、自らが翳した抜き身のナイフをいつまた抜こうと見計らい、心でせせら笑いながらな。実に滑稽だ」
胸ぐらを掴んだ。黒髪の下の色素の薄い琥珀色が、力丸の鳶色とぶつかり悠然と瞬く。
男は無表情だった。
「いずれわかる」
「水沼」
図書室に向かう道すがら、数人の女子生徒に声をかけられた。ここでは数人と言うべきではない。内二人は連れだったようで、ノートを突き出した女子生徒がセーラー服の上に羽織ったコートに手を突っ込みながら、一歩前に出る。
「これ、古典のノート。必要箇所抜けてたから追加で出してって、先生が」
「ありがとう」
素直に受け取り、脇に挟む。暫く三人がぼくを見ていたが、気にせず廊下を進んだ。
「…ねえ、水沼、あいつ常に図書室でなんか取り憑かれたように書いてて怖いんだけど、何してんのあれ、日記?」
「小説らしいよ。趣味なんだって」
「てかあたし、この前中庭の花壇の前で一人で笑ってんの見ちゃった」
「こわ」
【愚行録 20XX.04.30】
〝好奇の目に晒されるというのは、価値ある人間の特権だ。水間はそう確信していた。栄誉ある所業を成し得、周囲が自分に賞賛の拍手喝采を浴びせているのがわかる。声が聞こえるのだ。〝素晴らしいよ水間くん〟〝ありがとう、邪魔者を消し去ってくれて〟〝きみは英雄だ〟
世間の水間に対する賞賛の声は絶えない。水間は歓喜した。彼はこの瞬間英雄になったのだ。周囲を脅かす曖昧な才能など取るに足らない。二番煎じなどなくていい、水間以外のこの世の才能などあってないようなものだ。水間は、水間は、水間は、〟