さあ、有象無象
相田光輝が自宅マンションから投身した。
「…なんでこうなる?」
病院の前に佇んだ紺のダッフルコートに赤マフラーの越前に、力丸は制服にノーアウターで花束を肩に携え、横に立つ。
「自分発祥の作品を盗作盗作って叩かれて行き場も失ったら死にたくもなるよ。手癖、っていうの。書き手のひとって、どれだけ擬態しても身元割れるらしいよ。所詮自分だからね」
「きみも僕じみたことを言うようになったな」
「自害案件」
「国民栄誉賞だろ」
「…昨日、アルベール・カミュが言ってた。〝転落は夜明けに起こる〟って」
「78頁目4項目2節か。予言していたんだな、さすが不条理の師は違う。ちなみに僕は52頁目6項目1節と128頁目7項目4節が好きだ」
「節全部記憶してんのきも」
「この前Amaz○nで外伝の新装版を購入したんだ。明日未明届く予定だ、読了の暁には君に伝授してやろう。全760頁、小一時間あれば全部記憶して読み終わるだろうから、あ、あとさっきのだが82頁目43節あれは本当に」
「きもきもきも」
自分が住むアパートの5階から飛び降りた、と言う話だった。
ただ彼の投身自殺は結論から言うと、未遂に終わった。ちょうど身投げした場所の下に位置していた木が彼のクッションとなり、結果として右脚の骨折と肋骨数本、頭を軽く打っただけで留めたそうだ。それは奇跡と言え、相田光輝にとってはきっと生き地獄だった。
この世にある完遂出来ないもので一番虚しく、後を引くのは自らの命を絶つことだ。この世に愛想が尽きたと言うレッテルを貼られ生き長らえることはこの上ない羞恥なのだと、越前は呑気に言っていた。
「次死ぬなら僕にプロデュースを乞うがいい。相田光輝、きみの本件の投身による成功確率は50回の挑戦中6件、ただしいずれも地面と垂直に脳天から落下した場合だ。5階風情の高さから右半身をコンクリートに打ちつける形で落下する場合脳挫傷は瞬間的に免れてしまう。人間は無意識に保身に走るからな。転ぶ時5歳児でも手を前に出すのと同等」
「生き延びた人間に何言ってんだよお前が落ちろよ潰すぞ豆」
「黙れ脹脛周り42㎝」
「そんなねえわ!!」
「話が白紙に戻ってしまって」
病室で、全身に管を通し痣だらけになった相田は寝たまま窓の外を見ていた。その手首はベッドと紐で繋がれており、二階から見える病室に、斜陽が射し込む。
「…今の現状では、出版どころか、サイトの運営も厳しいと。好きで続けていたつもりが、そのサイトを目にすると手が震え、目が眩み、吐き気がし、そして僕は遠ざけるようなった。唯一無二のこの上ない希望が黒で塗りつぶされる瞬間を、君たちは知ってるか? …恐ろしいよあれは、とてもまともでいられない」
「…」
「僕はもう二度と小説家にはなれない」