御手洗くんと恋のおはなし
 下りるとそこは、昼とは違う雰囲気の店内。
 各テーブルには、ランプではなくキャンドルライト。
 流れる音楽は、オルゴール音から静かなジャズに切り替わって落ち着いた雰囲気に店内を(いざな)っていた。
 昼にはテーブルにつく客が多かったが、夜はカウンターに集中している。そのどれもが一人か二人組の客で、間を空けて密談でもするみたいに、特別な空間をそれぞれ作っている。
 カウンター奥には、光一が一人立っていた。
 彼は同じカウンターに入った満に小さく微笑むと、また客と向き合った。

「あ、今日は満くんがいるんだ」

 カウンターに座る女性が一人、満に声をかけた。手元には飲みかけのグラスがあり、頬はほんのりとピンクだ。

「こんばんは、百合(ゆり)さん」
「満くんに会えてラッキー。めったに見られないから、希少価値あるよね」
「人を珍獣のように言わないでくださいよ」

 満が苦笑すると、彼女は楽しそうに微笑んだ。
 赤井百合。夜のバーによく来る、常連客の一人だ。
 明るくおしゃべり好きな彼女は、満がバーにいるとよく声をかけてくれる。職場がこの近くらしく、たまに会社の人とくることもあったが、今日は一人らしい。

「満くんは、シェイカー振ったりとかはしないの?」
「カクテル作りは、父が禁止してるんです。未成年が酒を作るのはよくないって」
「へぇ、マスターって見た目によらずけっこう厳しいのね」

 ちらりとマスターである光一を見れば、まだ他のお客と談話している。こちらのことは、あまり気に留めていないようだ。
 そのとたん百合は目をキラリと光らせて、満にだけ聞こえるように、こそっと話をした。

「……で、どうなの? その後の和葉ちゃんとの進展は」
「う。またその話ですか」

 じつは以前、百合の話術によって、満の好きな相手が彼女にバレてしまっていた。
 満の片想いは大谷も知っているが、まさか客にバレてしまうとは不覚のことだ。

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