御手洗くんと恋のおはなし
「バカカズ、さっさと戻れ」
「何よー! 仏のみーちゃんの異名が泣くよ!」
「そんな異名、カズしか言ってないって」

 しっしっと犬のように和葉を手で払い、満はコートに戻った。
 女性にはとことん甘く優しい御手洗少年も、鈍感すぎる片想い相手にはやきもきしっ放しだ。少しくらい、その不満を彼女に当てたとていいだろう……と仏顔らしからぬ理不尽なことを考える。

(恋はどうも、人を自己中にするね)

 彼女は何も悪くないのに、と小さく反省しつつ大谷の元に向かった。
 するとゲームの進め方を話し合っていたのか、大谷と話していた坂本が満を出迎えた。

「あの子、御手洗くんの彼女?」

 見られていたか、と満は苦笑いを浮かべる。この男の視界に和葉はあまり入れたくなかった。

「ただのクラスメイトです」
「林和葉ちゃんだっけ。けっこう美人、て有名だよね」
「そうでもないです」
「何で君が、謙遜するのさ」

 彼氏でもないくせに──とでも言いたげな台詞を吐いた坂本が後ろを向くと、満は口の端をピクピクと痙攣(けいれん)させる。
 制汗剤なのか、残り香の石鹸臭が爽やかすぎて鼻につく。
 満は近くの大谷の胸元を、ゼッケンごと掴み、ねじり上げた。

「大谷、絶対勝つぞ」
「う? ウッス!」

 大男は自身より小柄な相手に畏怖し、うなずいた。


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