御手洗くんと恋のおはなし
 坂本は戸惑ったように、彼女の顔を覗きこんだ。そこに見えたのは思いがけず──幼い表情で。
 彼女も自分と同じような……いや、自分よりもずっと深刻な不安を抱えていたのだと、坂本は気づく。
 同時に愛おしさがこみ上げて、彼女を抱きしめた。

「俺、涼子さんのことが大好きだよ」
「坂本くん……」
「覚えてる? ここで初めて、あなたと話したときのこと」

 坂本は涼子の頬を撫で、涙を拭った。

「俺はまだ高校生なり立てで、あなたも新任したてで……部活でケガした俺に、不器用に治療してくれたよな」
「……うん」
「一年生同士お互い頑張ろう、て、涼子さんが言ってくれたから……俺、バスケ頑張れたんだ。おかげでキャプテンにもなれてさ。県大会まで行けた」
「……うん」
「涼子さんがいたから俺、頑張れた。これからも、あなたのそばにいたい」
「……坂本、くん……」

 またポロポロと涼子は涙を流す。
 でもそれは、悲しみのものではなく、嬉しさからくる涙だ。

「俺、卒業しても涼子さんが好きだ。自信を持って、それは言えるよ」
「……うぅ」

 そこでようやく涼子は素直になって、坂本の背中に腕を回した。

 生徒からの求愛など、最初はからかわれているのだと涼子は思っていた。
 でも、坂本の真剣さがしだいに伝わり、涼子もまた、坂本に惹かれだしていた。

 けれど、坂本の卒業が近づくにつれ──現実が彼に近づくにつれ、いつか夢から覚める時が来るのだろうと、怯え始めた。だから、拒絶をした。

 それなのに、そんな不安も、抱きすくめられた温もりで薄められていく。
 このまっすぐな気持ちを持つ坂本となら、きっと大丈夫だと、涼子は初めて思えた。

「……あの、僕は出ますね」

 カシャン、と鍵を解かれた音が聞こえて、坂本と涼子はハッとして体を離した。ここには第三者がいたのだと、ようやく気づく。

「またかけ忘れないように、気をつけて下さいね」

 苦笑する満が背を向け、保健室から出て行こうとする。その背に坂本は、慌てて声をかけた。

「御手洗……ありがとう!」
「……お大事に」

 ニッコリと微笑んで、満は保健室を後にする。
 背後でカチャン、と鍵の閉まる音がしたのを聞き届けて、静かに保健室から立ち去った。
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