御手洗くんと恋のおはなし
廊下をしばらく歩いていると、靴箱のところに立つ和葉を見つけた。
「あれ、先に帰ってたんじゃないの」
「だって気になるんだもん。どう、うまくいった?」
「ああ、禁断の恋人の誕生だ」
「さっすがみーちゃん!」
坂本が店に来た時に和葉もいたので、ことの成り行きは大体だが説明はしていた。
まぁ、嘘をつくときに彼女の名前を拝借したのはナイショだが。
(ま、俺としてはそっちを本当として挑んだんだけどね)
和葉の憧れだった坂本。
彼にバスケで勝てば、和葉にデートを挑もう、なんて勝手に想定していたのだ。
どのみち、勝っても負けてもあの二人にはくっついてもらうつもりだった満だ。それくらいの見返りがなければ、恋敵男に協力する演技はできない。
まあ、結果は言わずもがな。今回は大谷に足を引っ張られたのだ、と満は息を吐く。
「どうしたの、みーちゃん。怖い顔して」
「そう? 気のせいじゃない」
靴を履き替え和葉と並ぶと、彼女に小さく微笑んだ。
「それより良かったの? 坂本先輩を狙えるチャンスだったのに」
少し意地悪な発言は、彼女の無垢な笑顔で返される。
「いいの、これで! みんなハッピーな方がいいでしょ?」
「……カズ、さぁ」
「ん?」
「いや、何でもない」
自分のことより他人優先。
それがこの女の子の良いところでもあり、悪いところでもある。彼女は今までその信条で、どれほどの恋を見送ったのだろう。満はそう考えたけれど、すぐにやめた。
ポン、と優しく和葉の頭をなでる。
「どっか寄り道してく? 失恋したカズに、甘いものでも奢ってあげよう」
「わぁ、嬉しい! じゃあさ、駅のとこにできたケーキ屋さんの、クリームブリュレ食べたい!」
「はいはい」
寄り道もデートに換算してもいいか、と満は足をゆっくり進める。
しかし、ふいに満は背後を見た。
「ん、どうしたの、みーちゃん」
「……いや。何も」
何か、気配を感じたような。
けれど先を歩く和葉に腕を引っ張られて、そちらに満の気がそれた。
「あそこのクリームブリュレ、個数限定だから急がなきゃ!」
「そんなに焦らないでよ」
「行こ、行こ」
食いしん坊の和葉。やっぱり少しふっくらしてきたんじゃないかな、なんて失礼なことを考えて満は微笑んだ。
「あいつ、やっぱり気に食わないなぁ」
陰から見ていたその人物は、スマホを睨みつけていた。
いや正しくは、スマホで撮った和葉のとなりにいる満の姿に……だが。
「和葉ちゃんにふさわしくない。邪魔なんだよな」
そう独りごちて──立ち去った。