御手洗くんと恋のおはなし
◇ ◇ ◇
音声がよく聞こえるように、男はイヤホンをグッと耳の奥に押しこんだ。
今日は和葉はバイト日ではなかったはずなのに、喫茶店サルビアに出向いたので、外で慌てて受信機をオンにした。身を潜ませてお店の影で音を拾う。
盗聴器近くに和葉はいないのだろう。店内のざわめきと、バックミュージックだけが微かに聞こえた。
それも少し待つと、ピタリと止んだ。
お店の入り口から人が出て行くのを見て、男は目を丸めた。あれは喫茶店の店主、御手洗満の父親だ。
もう店じまいだろうか。しかし和葉がまだ出てきていない、と訝しんでいると。
『……やめて、みーちゃん!』
イヤホンから和葉の声が聞こえ、男は慌てて音量を上げた。
すぐにもう一人の声──満の声も聞こえる。
『やめないよ。カズが悪いんだからね』
『何でこんなこと……っ』
『ほら、カズも本当は嬉しいんだろ?』
『……やだっ』
『素直じゃないな』
これはもしかして、と男はお店の前に立つ。扉には「準備中」のプレートがかけられているが、この中で和葉が酷い目に遭おうとしているのだ。
(あいつ、草食系ぶっておきながら和葉ちゃんを!)
と怒った男は、けたたましく扉を開けて、中に飛びこんだ。
「てめぇ御手洗! 和葉ちゃんに何してんだぁぁ! ……っえ?」
中に入ると、そこには。
「ひどいよみーちゃん! こんなにおいしそうなケーキばっかり並べるなんて~」
カウンターに座り、フォークを握りしめよだれが垂れるのを我慢する和葉と。
「ダイエットなんてもうやめなよ。ほらほら、好きなのから食べていいんだよ?」
たくさんのケーキ皿を並べている満がいたのだった。
満は入ってきた男にニッコリ笑うと、カウンターから出て近づき言った。
「はい、引っかかった」