御手洗くんと恋のおはなし
 満はじりじりと一ノ瀬を壁際に追いつめ、片手を荒々しく壁につけてすごんだ。

「これ初犯? 常習?」

 仏の顔は今、満にはない。
 ゆっくり一ノ瀬に顔を近づけ耳元で低くした声で、和葉に聞こえないように呟いた。

「他にもカズのまわりに仕掛けてたら──容赦しない」

 仏は──優しいばかりの存在ではないのだ。
 あまりの迫力に、黙っていた一ノ瀬も慌てたように口を開いた。

「そ……そんな物騒なこと言うなよ御手洗~!」

 一ノ瀬は初めて見た満の凄みに怯え、恐怖を振り払うかのように笑った。しかし彼はそこで気づくのだ。満の目が本気だ、と。

「し……しし、してないしてない! 今回が試しで、練習っつーか」
「へぇ。てことはこれからするつもりだったわけ、ね」

 墓穴を掘った一ノ瀬の首根っこを掴み、引っ張り出す。

「今からお前んちに行く」
「何でだよ!?」
「おおかた予備の盗聴器、まだあるんだろ。ぶっ壊しついでに誓約書も書いてもらう」
「ごめん! 悪い! もうしねぇって!」
「問答無用。この犯罪者予備軍め」

 クラスメイトだった分、残念な気持ちになりながら満は彼を引きずり、お店の扉を開けた。
 父の光一には十分ほど出てくれ、と頼んでいたので、もう少ししたら帰ってくるだろう。

「み、みーちゃんっ」

 戸惑う和葉の声に、満は振りかえり言い残す。

「ごめん和葉。ケーキでも食べて待ってて」

 パタンと扉は閉められて、一人残された和葉は切ない声で呟いた。

「ケーキと一緒に残すなんて、殺生な……!」

 彼女のフォークがケーキをすくうのに、時間はそうかからないだろう。
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