御手洗くんと恋のおはなし
 男女ともに壁を作らず、明るい和葉にとっては当たり前の会話だったのだろう。「おはよう」「宿題やって来た?」「雨すごかったねー」そんなごく普通のやり取りが、ひとりぼっちを決めこんでいた一ノ瀬の心の氷を、徐々に溶かした。
 当時のことを思い出して、一ノ瀬が懐かしげに顔を上げる。

「ある日、和葉ちゃんが言ったんだ。『このクラス、いち、にー、さん、いるね!』って」
「……二宮と三井?」
「そう。その言葉にあいつら乗っかってさ。じゃあ数字トリオだな! って三井が言って、二宮が笑って……そっからあいつらとつるむようになったんだ」

 まさか数字トリオ結成に、和葉が絡んでいたとは。どうりで三人とも和葉ファンなわけだ、と満は一人合点がいく。

「だから、俺にとって和葉ちゃんは特別なんだ。誰のものにもなってほしくない」

 ようは、アイドルに焦がれるファン心理みたいなものが一ノ瀬にはあったのだろう。
 見ていたい、近くにいたい、でも告白までは出来ない。ただ彼女が笑っているだけで一ノ瀬は幸せだった。そのそばに目障りな男──満さえ、いなければ。
 そんな相手に向かって、一ノ瀬はようやく顔を向け小さな袋を差し出した。

「これで全部だ。受信機も入ってる」

 ふて腐れたような顔つきに、そういえば二年生の始めの頃の一ノ瀬はこんなだったかも、と対する満は思い出していた。

「オッケー。じゃああとは、誓約書だな」
「本当にそこまでするわけ?」

 一ノ瀬を押しのけ椅子に座った満は、勝手に卓上のルーズリーフから一枚取り出し、ペン立てのペンを握る。

「当たり前だろ。お前がどんな風にカズを思っていようが、今回のことは許さない。もうカズには近寄らない、て誓約を書いてもらうからな」

 威圧的な満の言葉に、一ノ瀬は眉間を寄せる。

「何でお前にそこまで指図されないといけないの? お前にそこまでされる筋合いないけど」
「筋合いはある。俺もカズが好きだから」

 その言葉に、一ノ瀬はグッと息を飲んだ。
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