御手洗くんと恋のおはなし
 何か、満の様子がおかしい。
 そうは思いはしたが、語られる彼の内容に当時の、美晴との出会いを加寿子は思い出す。

「雨男で申し訳ないと言った僕に、きみは笑って『雨も素敵です』と言ってくれて」

 和葉にそこまで詳しく話しただろうか。加寿子には思い出せなかった。

「それ以来雨男も悪くないと、僕は思えたんだよ」

 満は、こんな困ったように笑う少年だったろうか。
 まるでこの笑みは、あの人の──。

「……カズちゃん、僕はね、あの日初めて雨がやまないでほしいと思ったんだ」
「……美晴……さん?」

 愛しい人の名前を、加寿子はもらした。
 今、満の口から出た呼称「カズちゃん」は、美晴が加寿子を呼ぶときの呼び方だった。
 なぜそれが満が知っているのか、と戸惑う前に満が言葉を重ねてくる。

「ずっと君と、あのバス停に閉じこめられていたいと思った。雨がやんだら君は行ってしまうから……。行ってしまわないように、もっと降り続いてほしいなんて、雨男らしく考えてしまった」
「……ぁ……ぁ」

 視界がぼやけた。しわ深くなった目尻から、熱い滴が伝い落ちる。

「カズちゃん……」

 満の手が伸び、その滴をすくう。
 まるで子どもにするみたいに、満は加寿子の頭を胸に寄せて、スーツに涙を染みこませた。

「手術、怖くないからね」

 ポンポン、と柔らかい手のひらが加寿子の肩を撫でる。

「大丈夫。大丈夫だよ」
「う……ぁ……」

 加寿子はまるで少女のように泣くと、目の前の、下手をしたら孫にもなりそうな年齢の少年にすがりついた。
 ここにいるのだ。
 ここに今……美晴がいるのだ。
 なぜか加寿子は、そう確信した。
 似た容姿の彼を依り代として、自分に語りかけてくれている。奇跡のような出来事が今、起きているのだと──涙した。

< 74 / 109 >

この作品をシェア

pagetop