月夜の白牡丹
3. 近藤勇と試衛館。
『もう少しで稽古が一段落つくけど、他の人に会える?』
先程の女の人が戻ってくるなりそう聞かれて、私はハッと顔を上げる。
『はい!すみません。助けて頂きながら、皆様へのご挨拶が遅くなってしまい、失礼致しました。』
慌てて布団から出て正座をして三つ指をついて頭を下げると、途端に身体が横に傾いてその女の人は慌てたように私を支える。
まだ本調子じゃないみたいだ。恐るべしタイムスリップ。
ん…?待てよ。試衛館、夫、みんな、って…
ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!
この方、もしかして近藤勇の弟子の奥様!?
いや、それどころか今稽古中みたいな空気出てない!?この人!!!!
いる?近藤勇。この、ひとつ屋根の下に。
稽古、してる…?
いや!期待のしすぎは良くない。『しえいかん』違いかもしれない。だいたいもしここが『試衛館』で、近藤勇の道場だったとして、この時の近藤勇はまだ無名のはず。なのに私が近藤勇の名を知っていたら不自然極まりない。
何も知らない振りをしなくては。
そして大変名残惜しいが現代にすぐにでも帰る手段を見つけなくては。
…きっと、土方さんに会ったら、感激で泣いちゃうし、帰りたく無くなっちゃうから。その死を、函館一本木関門での死を、止めようとしてしまうから。
そこまで考えて、ふと思った。
現代に帰ったとして、何になるだろう、と。
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どうしたものか。今にも卒倒しそうだ。
私の脳内では、パニックになる私①を理性の私②と冷静な私③と放心状態の私④が3人がかりで抑えているような状態だ。
―――写真通りじゃないか、近藤勇。
目の前でニコニコと笑っているガタイのいい男性。
教科書に載っていた近藤勇そのもの。
どうやらここは『試衛館』で、『近藤勇』の道場で間違いないらしい。
『いやぁ良かった!!青白い顔をしてぐったりした君を見た時は肝が冷えたよ。』
ガハハ、と笑う近藤勇。
口大きいなぁ…拳が入るって本当なんだろうな…。
1周まわって落ち着いた、というかどうにでもなれ、と開き直ってしまった私は、近藤勇を前に冷静だった。
『あぁ、申し遅れたが、私は近藤勇。
ここ、試衛館道場の道場主をしている。』
今はまだ田舎の貧乏道場の道場主。
後の新選組局長。
『君を咄嗟にここへ連れてきてしまったと聞いているが、君は一体どこから来たんだい?
来ていた着物は洋装のようだったが、それでいて今まで見たことの無い形だった。それに、布もかなり上質のものだ。』
そう言われて、思わず下を向く。
そりゃそうだ。トレーナーにロングスカートという、現代の服装なんだから。
『えっ…と』
どうしよう。下手なことは言えない。
『初めまして!150年後から来ました!』
なんて言った暁には、気がおかしくなったと思われるだろう。
なんて言えばいいのだろうか。
昔の日本、まだ銃剣法とかそういった法律がなくて、帯刀が許された、現代よりもものすごく物騒な時代。
しかも、幕末。
同じ日本人でも、生まれた地方の違いで敵対し、殺し合いをしていた時代。
殺される事もありえる。
近藤勇がそんなことするとは思えないが。
どうしよう、どうしよう、と考えていると、部屋の外から『おい、勝っちゃん。入るぞ。』
という男性の声がして、すぱんっと障子が開いた。