月夜の白牡丹
5. 山南さんの名推理


『ところで…』


山南さんが、私に目を向ける。



『成実さんは、歳さんに拾われる前の記憶はありますか?どうして、あんなところに倒れていたのか、とか。』



歳さん!!!山南さん、土方さんのこと歳さんって呼んでたの!?やだ可愛い!!!


じゃなくて。



これはもしかして、記憶喪失を疑っているのではないか…?



『それは、どういう意味だい?』



『彼女、すこし混乱しているように見えますし、身内が心配しているから早く帰らなければ、と慌てている様子もない。かと言って、何かに追われている様子でもない。どこから来たのか、という問いにも答えていませんね。つまり、自分でも分からない、記憶が無い、ということではないかと思いまして。』



嘘をつくのはものすごく心苦しいが、ここは乗らせて貰うことにしよう。
でも、捜索願とかこの時代にあるのか分からないけど、もし警察的な組織に預けられたりしても厄介だ。
元の時代に帰る方法も分からないし、行き場もない。
上手く、話を作らなければ。



『成実さん。どうだい?自分のことや、歳に出会う前のこと、話せるかい?』



ごめんなさい近藤さん。許してください。



『あまりよく、覚えていないんです。』



『やはり…。』



山南さんが腕を組み、呟く。



『はい。先程山南さんが仰ったように、自分でも、よく分からないんです。』



『よく分からない、と言うと?』



近藤さんの目を見て、言葉を選びながらゆっくりと話す。




『自分が成実という名であること、歳は19、ということは覚えているのですが、その他のことはあまり…。』


『ほう。』


土方さんが心配そうな顔で私を見る。
優しいなぁ…。





『近藤さん、歳さん。それからノブさんも少し、隣の部屋へ。成実さん、少し待っていて貰えますか?』




『あ、はい。』



山南さんが3人を連れて部屋を出ていく。私に聞かれたくない話でも、するのだろうか。



気配で、4人が隣の部屋に入ったのが分かる。
この部屋と隣の部屋を隔てる襖が少し空いていて、せっかく部屋を移したのに、残念ながら耳をすませば声が聴こえてしまう。


『成実さんですが、恐らく人買いか置屋から逃げてきたのではないか、と。』


山南さんの声が聴こえる。
…人買い!?置屋!?
所謂奴隷商人とか遊郭に売り飛ばされて、逃げてきたって思ってるってこと???



『なんでそう言えるんだ』


『歳さんが見つけた時、彼女はまるで行き倒れていたような感じだったと言っていましたね。ですがやせ細っている訳でもなく、着物が汚れている訳でもない。髪も綺麗ですし、今まで見たことの無い化粧法ですが、ちゃんと化粧もされています。しかも、服装は洋装。髪の毛も巻かれている。つまり、異人の女性のように、身綺麗にされていたということです。』


山南さんは探偵ばりの推理で話している。



『話し方も、若干の地方の訛りは感じますが、いいお家の娘さんだと感じさせる話し方です。ただ、気になったのは彼女の背の高さです。』



…そんな所までこの短時間で見ていたのか。確かに私は身長168cm、と現代でも背が高い方だ。江戸時代の人と比べたら、男女関係なく高い部類に入る。


『歳さんに背負われていた時、彼女の背丈は歳さんとあまり変わらないように見えました。』



『ああ。それは俺も驚いた。男が女装をしているのかと思ったくらいだ。』



男が女装…そうだよね、自分と同じくらいあったら…そう…思うよね…


土方さんの言葉に、軽くショックを受ける。




『彼女の特徴から推測するに、元は武家か商家…裕福な家柄のお嬢さんでしょう。ですが何らかの理由があって売られたか、攫われたか…。恐らく前者かと。異人向けに売られたところから逃げてきたのでは無いでしょうか。日本人女性を好む異人も少なくないと聞きますし、彼女は背が高いから異人と並んで歩いても違和感はそんなになさそうです。その時の恐怖で殆どの記憶が飛んでしまったのなら、記憶が曖昧なのも納得できます。成実、という名も珍しい名ですが、源氏名だとしたらあえて珍しい名を付けるということもあるのかも知れません。』


山南さん…凄い想像力だ…



『そうか…辛い思いをしたのだな…』



近藤さん…なんかすごく、罪悪感があるけれど、大半は山南さんの妄想…いや、推理、だ。


『実は私も気になったことがあってねぇ』


ノブさんが口を挟む。



『あの子の腕とお腹、痣があったのよ。殴られて出来たような。』



咄嗟に腕を握る。
見られていた。きっと介抱してくれた時に、何かの拍子に見てしまったのだろう。
だが、現代で必死に隠してきた痣も、この状況ではいい材料になる。



『…かなり訳アリのようだな。』


『歳さんが見つけたのも、何かの縁ですし、とりあえず記憶が戻るまで、成実さんを保護するというのはどうでしょう。』



『あぁ、そうしよう。とりあえず本人に話をしなくてはな。戻るとするか。』




泣く子も黙る新選組



そう呼ばれた彼らは、なんて優しいのだろう。
隣の部屋にいた4人が廊下に出た気配を感じ、慌てて前のめりになっていた姿勢を元に戻した。
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