月夜の白牡丹
8.兄上
朝から土方さんに出くわし、思いがけず『綺麗だ』なんて言ってもらって、幸せな気分でいっぱいだった。


ノブさんも、同じようにものすごく褒めてくれて、『綺麗な顔してるから、やっぱりどこからか攫われてきたのかねぇ…』と悲しそう呟いていて、少し申し訳なくなった。


何かお手伝いすることはありませんか、と聞くと、今日も試衛館で稽古があって、門人の皆さんのお昼ご飯の支度に行くから一緒に来て手伝って欲しいと言われ、ノブさんと一緒に試衛館に向かっている。
ちなみに彦五郎さんと土方さんはもう既に試衛館に向かったらしい。


日野から試衛館までの道は、当然だけど現代のようにアスファルトで舗装されているわけもなく、砂利道が続いていて、しかも草履だから歩きにくいことこの上ない。



それでも、大好きな新選組が通った道だと思うと心が弾んだ。




――――――――――――



試衛館について、台所に案内されると同時に違和感を覚えた。



…近藤勇は、万延元年に松井つねと結婚しているはず。
そのつねが、いない。
普通なら夫の道場の手伝いは妻が率先してするものではないのか。特に、この時代だと尚更。


『近藤さんは、まだ奥様はいらっしゃらないんですか?』



隣に立って食材の準備をしているノブさんに尋ねると


『そうなのよ…早くいい人が見つかるといいんだけどねぇ』



と返される。
え。つねが…いない?
まだ出会ってもいない?
私が知っている歴史と、違う。


現代に伝わっている伝承が間違っていたのだろうか?


きっとそうだ。現代と違ってコンピュータの無い江戸時代の記録が、間違って伝わっていることは十分考えられる。


もし現代に戻ったら詳しく調べてみよう。


そう決意しながら、昼食作りの手伝い――と言っても食器を運んだり、おにぎりを握るくらいだけど――に集中した。



――――――――――――――



『ここにいたんだ。』



『あ、沖田さん。』


お手伝いが終わり、することもなくぼんやりと土間に座っていると、木刀を持った沖田さんが姿を現した。



『歳さんたちから聞いたよ。君、色々と訳ありみたいだね。』



何も言えず、目を背ける。
未来から来ました、なんて言えないし、かといって行く宛てもないからここをもし追い出されたりしたら困る。



『…似てるね、僕と。』



その言葉に驚いて、思わず沖田さんに目を向けると、昨日土方さんを楽しそうにおちょくっていた沖田さんとは思えないような憂いを帯びた表情の沖田さんと目が合った。



『僕はね、邪魔者だったんだ。』



沖田さんは静かに話し始める。



『僕の家は僕が産まれるまで姉2人しか子供がいなくてね、僕より11歳年上の1番上の姉が早くに結婚して、その結婚相手が家督を継ぐことが決まった後に僕が産まれたんだ。
しかも僕かまだ幼い時に両親とも亡くなって、その姉夫婦に育てられたんだけどね、お金もないし、二人の間に子供も産まれたしで、邪魔者の僕はこの試衛館の内弟子としてここに預けられたんだよ。』



淡々と自嘲気味に話す沖田さんに胸が痛くなる。

もちろんこの事――沖田総司の生い立ちは、知識として知っていた。
でも本人の口から語られると、同じ内容でも重さが全然違って…。




『君も、きっとそんな感じなんでしょう?』



沖田さんは真っ直ぐ私を見て言った。



『分かるんだ、君と僕はすごく似てる。
きっと、同じような思いをして、今まで生きてきたんだって、思った。
君は、記憶が曖昧で覚えてないのかもしれないけど、きっとそうだ。』




沖田さんは立ち上がり、私の目の前に立って、私の頭にそっと手を置いた。



『――今まで良く、頑張った。』



その言葉に、思いがけず涙が溢れる。



『ここの人たちは、みんな優しいし、誰も僕や君を邪魔者なんて思ったりしない。』



沖田さんはそう言って微笑むと、しゃがんで私と目を合わせてこう言った。



『…君は、今日からここにいる間は、僕の妹だ。どうかな?僕、ずっと家族が欲しかったんだ。…きっと君も、そうじゃないのかな。そんな気が、するんだ。』



この人は、どこまで分かってて言ってるんだろう。
沖田さんが言う通り、『似てる』から分かるのだろうか。



『…沖田さんっ』


お礼が言いたいのに、胸がいっぱいで言葉にならない。



『ゆっくりでいい。ゆっくりでいいから、今までのことは忘れて、前を向いていこう。』



沖田さんは私の隣に座ると、安心させるように背中をとん、とん、と叩いてくれる。



そしておどけたように『僕のことは兄上って呼んでよ』と言って笑うのだった。

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