エリート外科医の灼熱求婚~独占本能で愛しい彼女を新妻に射止めたい~
「おい、百合。あんま無理すんな。お前、俺がいない間、店での接客以外にも、あちこち出前を届けに行ってたんだろ」
優しいタツ兄ちゃんは、自分が店を空けたせいで私が倒れたと思っているんだ。
「全然、もう完全に復活したし! それに、しっかり働かないと、またお父さんに小言を言われちゃうしね」
わざと軽口を叩けば、タツ兄ちゃんが呆れたように息を吐く。
「まぁ、たしかに身体は復活したっぽいけどさ。でもお前、なーんか元気なくないか?」
思わずドキッとしたのは、図星だったから。
「べ、別に……そんなことないよ」
「そうかぁ? まぁ、それならいいけどよ」
つい目をそらした私は、エプロンのポケットに右手を入れた。
中には一週間前、近衛先生から渡された連絡先の書かれたメモが入っている。
『それ……坂下に見つからないうちに、しまって』
近衛先生がどういう意図でこれを渡してきたのかは、未だにわからない。
風邪で寝込んでいる間も、私はずっと考えていた。
仮にも近衛先生は、中央総合病院に勤める脳外科医。
かたや私は仕事を辞めて実家に転がり込んだ、親のすねかじりみたいなものだ。
正直、これ以上、近衛先生に今の私を知ってほしくないというのが本音だ。
だって……私と近衛先生じゃ、あまりにも住む世界が違いすぎる。
だから、調子に乗って浮かれて、メモの番号に電話をかけることなんてできなかった。
……どうせ電話なんてできないんだし、今日こそ、捨ててしまおうと思って部屋から持ってきていたのだ。
だけど、いざとなると決断力に欠ける私は、メモを捨てられないままでいた。