クールな副社長はウブな彼女を独占欲全開で奪いたい
勘違いの始まり
 


 交際していた恋人と別れた次の日でも、世界はいつもと変わらない。

「今日も暑いなあ」

 勤め先であるサービス付き高齢者向け住宅の駐輪場に、オレンジ色の自転車を止めて空を仰いだ。

 梅雨が明けてから本格的に夏が始まった。じりじりと肌を焼き焦がすような陽射しに目を眇める。

 エントランスではなく裏側の出入り口に向かいながら、アームカバーを外してバッグにねじ込む。それからいつもの癖で、スマートフォンを手にしてから「ああ……」と漏らした。

 昨日までの私なら、このタイミングでこれから出勤だと恋人にメッセージを送っていた。でもその日常の一部は今日からなくなった。

 心にぽっかり穴が空いたような虚無感に襲われて、胸の奥が擦り傷を負ったかのようにひりひりする。

 昨日の今日だもの。寂しいのはあたり前。あんな不誠実な人、別れてよかったんだよ。そう自分に言い聞かせる。

 彼は初めて会った時からずっと優しかったし、多趣味だから知識が豊富で一緒にいて楽しかった。

 なにより初めて付き合った人だから、新鮮で刺激的な毎日だった。

 だけど、さすがについていい嘘と悪い嘘がある。
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