王太子殿下と王宮女官リリィの恋愛事情
プロローグ〜出仕
「リリィ、リリィったら!」
わたしを呼ぶ声に、思わずハッと我に返る。
(いけない!また、夢中になっちゃった…)
ばつが悪くなって本から顔を上げると、同じお店で働くクレア姉さんに呆れたため息を着かれた。
「リリィ…あげた本をそんなに読んでくれたら嬉しいし、勉強熱心なのはいいけどさ。今は仕事中!そんなに読みたいなら、仕事が終わってからにしなさいよ」
腕を組みわたしを注意する薄茶色の髪を結い上げた美人の姉さんは、この村内で数少ない飲食店「からす亭」の看板娘だ。
今はちょうどお昼のピークタイムを過ぎたところで、レンガ造りの店内のお客さんはまばら。とはいえ、やることは山ほどあるんだよね。
「はぁい、ごめんなさい!今から夕方の仕込みをするね」
「頼んだよ!あたしはちょっと出てくるから…あ、そうだ!」
クレア姉さんは開けたドアから、顔半分だけ出して私に訊ねた。
「リリィ、そう言えば合否の通知がくるのは今日だったよね?ついでに郵便局にも寄ってくるよ」
「…ありがとう!」
クレア姉さんの心遣いは嬉しいけど…きっと無理だ、と半ば諦めてた。
だって、こんな冴えない私が…首都の、しかも王宮で働こうなんて大それた望み。
試験では全力を尽くしたけど…
けど、合否結果はクレア姉さんが持ってきた通知で知ったのではなく…王宮から直に使者が派遣され、採用を告げられたから。
“リリィ・ファール。貴殿を内侍局(ないじきょく)の女官に叙する”…って。
その後、記憶がないのはたぶん気絶したんだと思う。
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