王太子殿下と王宮女官リリィの恋愛事情
「それじゃ、リリィ元気で」
村の入口では、みんなに見送ってもらえた。
「しっかりね!あたしたちの厳しい特訓を乗り越えたんだ。あんたなら大丈夫だよ」
とクレア姉さんはどっさりと餞別をくれた。
「リリィ、つらい時はいつでも帰ってきなさい。あなたはいつだってわたくし達の家族ですもの」
院長先生のあたたかな言葉と抱擁に、お別れが辛くなる。
旅立ちの装束は、みんながお金を出し合って立派なワンピースを仕立ててくれた。クリーム色のふんわりした生地で、スカートと袖口が薄手のレース地になっている。一見地味だけど、よく見たら凝った刺繍が華やかで気に入ってた。
晴れ晴れとした気持ちでお別れを済ませたのに、でっぷり太った村長を見た途端気分が萎えた。
「いいか、リリィ。おまえが出仕できるのはワシの推薦のおかげだと忘れるなよ!ワシにはしっかり恩を返すんだ」
確かに、村長が渋々でも推薦状を書いてくれなかったら、そもそも受験さえできなかった。その点は感謝してる…けど。
「ワシがおまえの父代わりだからな!しっかり出世して…王太子殿下のお目に留まり、お手つきになれ!おまえが殿下の御子を生めば、ワシも王宮へ上がるきっかけになる。いいか、必ず殿下の寵をいただくのだぞ!!」
何度も何度も、念を押されたけど。決して返事はしなかった。
(知らないわよ…勝手に期待して…わたしはお役に立てればいいの。恩返しがしたいの…ただそれだけなんだから)
寵愛をいただくとか…なんの話かわからない。
王太子殿下の周りには身分の高い美しい人がたくさんいらっしゃる。わたしみたいな身分がない冴えない人間が、対象になるなんてあり得ない。
そりゃあ、まだご婚姻の話は聞かないけど…
「イヤだ、あのおじさん…目が怖い」
マルラがひそひそ小声で言ってきて、わたしは思わず小さく吹き出した。
「確かに怖いよね」
血走ってギラギラした目…二度と見たくないや。
2頭立ての馬車でわたしとマルラは故郷を離れた。