王太子殿下と王宮女官リリィの恋愛事情
到着したその日。公爵への挨拶もそこそこに、王太子殿下はフレークルート村へ馬を駆けさせた。
わたし達も後から馬車で向かったけれども、マルラとともに祈るような気持ちでいた。
(……どうか、どうか村のみんなが無事でいて。誰ひとり傷ついたりしていませんように…)
先に派遣された偵察隊の報告では、村が被害に遭った様子は無いという話だけど。やっぱり自分の目で確認して安心したかった。
フレークルート村はフィアーナ王国国境と接する大森林地帯の始まりの地でもある。
温泉が湧く以前は林業や狩猟で収入を得ていたけれど、高齢化が顕著になった今は後継者もなく難しい。
それだから、ますます森に人が入らない無法地帯にもなる。
村では細々と畑作とか織物なんかでなんとか食いつないでいるひとも多かった。
娯楽も少ない村だから、からす亭の役割は結構重要だと思う。
約3ヶ月ぶりに帰ってきた故郷は、新緑の季節を迎えてわずかに華やいでた。
荒れっぱなしの道も、あちこち朽ち果てた空き家も、手入れされてない畑も変わらない。
雑草や樹木に緑が増えて、遅咲きの春の花が季節の変わり目を告げる。
「……何もなかったみたいに見えるね」
馬車の窓から顔を出して外を確認したわたしに、メイフュ殿下もそうだな、と頷かれた。
「先遣隊の報告では、小競り合いは森林地帯の深い方でされたらしいからな。村からはかなり離れていたし、被害もほとんど無かったらしい。オリディ村も同じく無事だそうだ」
「そうですか…よかった」
王太子殿下が後からオリディ村にも寄る、と表明され、マルラが涙を浮かべ喜んでいた。
「王太子殿下…ありがとうございます」
「いや、視察のついでだから遠慮する事はない」
ぶっきらぼうに言った王太子殿下は、相変わらず不器用なんだ…って可愛く思えニヤニヤしてたら、「なに笑ってる?」と殿下にしっかりと唇を奪われた。