王太子殿下と王宮女官リリィの恋愛事情
「失礼致します、リリィ様がお越しになります」
先触れの役をマルラがしてわたしの入室を告げた後、警備兵が開いてくれたドアから室内に入る。ひとまず貴人に対する挨拶として、ドレスのスカートをつまみ一礼した。
「アリス様、失礼致します。リリィ・ファールと申します。突然お伺いし申し訳ありませんが、同室させていただく旨、どうぞお許しくださいませ」
わたしが挨拶すると、アリス様の侍女から非難が湧き出る。
「無礼者!身分無き者が直接アリス様に話しかけるなど畏れ多い!!」
「この方は王太子妃になられ、将来は王后陛下…この国の国母となる尊い御方…平民であるおまえなどがお顔を拝するも穢らわしい!とっとと出ておゆき!!」
(相変わらずだわ…)
王宮で水汲み中に突き飛ばされた時と何ら変わらない、特権階級至上主義だ。
もっとも、あの時からアリス様は一言も喋らない。ガラス玉のような空虚な瞳で、ニコリともしない。不気味なくらい無表情。
(一体どうしたんだろ?いくらなんでも感情がなさすぎる。まるで人形みたい…)
『…そうおっしゃらず、ご一緒されてはいかが?』
突然、流暢なフィアーナ語が聞こえた。
話した人を見ると、アリス様が薔薇園にいた時に見かけたシルバーブロンドの美人侍女さんだった。
わたしが見たからか、彼女はにっこり笑いかけてくれて。なぜかドキッと胸が鳴り、顔が熱くなった。
(改めて見ると……すっごい美人さん。品があるように感じるし…それに、なんだか雰囲気?空気?が他と違う。アリス様と立場を入れ替えても違和感はない…ううん…むしろ、もっと上の身分でも…にしても。やっぱりどこかで見たような……)
わたしが妄想を繰り広げていると、彼女は続けて提案した。
『メイフュ王太子殿下は、身分にこだわらないお方。そのような貴賤に囚われた態度は一番嫌われます。むしろ、仲よくした方がよい印象を与えられるはずですわ』
なんだか、彼女は王太子殿下に詳しく見えた。