王太子殿下と王宮女官リリィの恋愛事情
「エリアは…わたくしの乳母(ナニィ)なの」
ぽつぽつとアリス様は語り出した。
「小さな頃から厳しくて…嫌いだったわ。伯爵夫人のくせに、失敗したわたくしに折檻までしたもの。いつもいつも…“あなた様は王太子妃になるお方です。相応しいお方になりませ”ってのが口ぐせで」
だけど、とアリスさんの目から涙がこぼれ落ちる。
「寒い雪の日…エリアは言いつけを破ったわたくしを、食事抜きで外に立たせたの。寒くてひもじくて…凍えそうだった。お父様もお母様も知らんぷり…冷え切った時に、エリアが来て抱きしめてくれた。暖かかったわ…その夜熱を出して寝込んだわたくしを…彼女は寝ずに看病してくれて…生まれて初めてわたくしのために、と作ってくれたミールのお粥はおいしかったわ…」
グスッ、と鼻をすすったアリス様は、強い意思を感じさせる瞳で言った。
「……また、エリアに叱られてしまうわね。“アリスお嬢様、こんなことでは王太子殿下に相応しくありませんよ”…なんて。
でも、もう。わたくしには身分や地位なんて、どうでもいい。
確かにメイフュ王太子殿下には一時惹かれた…お優しかったから。
でも、殿下のお優しさは…結局万人に向けられるもの。
わたしのだから、お優しかったわけではない…そんな方とのご結婚なんて、こちらからお断りだわ!」
アリス様はそう話すと、大きな口を開けて乾パンにかぶりつく。一気に噛んで飲み込もうとし、当然噎せた。
「乾パンに水分はありませんから、水分を取りながらゆっくり召し上がってください」
飲み物を手渡しすると、一気に喉に流し込んだアリス様は、わたしにニッと笑った。
「…だから、安心してちょうだい…リリィだったわね?王太子殿下は心からあなたを愛してらっしゃるわ。わたくしでさえわかったくらいだもの。決して手を離してはダメよ。令嬢の中にはまだ諦めてない者もたくさんいるから」