王太子殿下と王宮女官リリィの恋愛事情
「何を…!」
わたしが睨むと、公爵夫人は首を横に振った。
『……雪の日に棄てられた…哀れでかわいい可哀想な子…生まれてすぐに親に棄てられ…あのまま死んでもおかしくはなかった……』
「……だから、何?わたしは村の人に助けてもらえたわ!」
言い負かされるもんか!と、わたしは殿下の手を握りしめ公爵夫人を見上げる。
でも、公爵夫人は憐れみの眼差しで語り続けた。
『……だが、10年前の大厄災…おまえは流行り病に罹り、誰ひとり近づかなくなった。赤子から育ててくれた老婆が死んでからは誰もおまえに関わろうとせず…泥水をすすり、草の根を食べて必死に生きたのにね…誰もおまえを見なかった。
辛かったね…悔しかったね?極めつけは流行り病で死にかけた時に…村の外の森に死人とともに棄てられた…雪の日にね。あんたは2度棄てられ、2度死にかけたんだ。それでも冷たい村の者に感謝できるのかい?棄てた親は村にいたかもしれなのにさ?あんたが死にかけても平気で暮らしてたかもしれないんだよ?』
ズキン、と胸に痛みが走った。
公爵夫人は的確に人の傷を突いて抉る。人が最も触れられたくない部分を。
「リリィ、聞くな!」
王太子殿下が隣でおっしゃる。わかってる。わかってはいるけど……。
『……ねえ、リリィ。あんたは確かに王太子殿下が施した政策の孤児院があったから救われた…けどねえ。殿下は別にあんただけのために施したわけじゃないの』
「……わかってるわ、そんなこと!」
『ならさ、恩返しなんてする必要ある?第一、王太子殿下には初恋の君が…未だに忘れられない愛しい女がいるのよ。すでに結婚して手が届かないからより恋い焦がれてる……あんたにそっくりな女を、ね!!』
ズクン、と鐘で突かれたように激しい痛みが胸を襲った。
『ああら、図星?ほぅらね、リリィ。可哀想な可哀想なリリィ…王太子殿下はあんたなんて愛してない…ただの身代わり…形代としてあんたを必要としてるだけ…』
やめて!と言いたいのに…
声が、だせなかった。