王太子殿下と王宮女官リリィの恋愛事情
ドクン、と身体の中心が脈打った。
「ぐっ…」
「リリィ!」
“闇”……が。
わたしのなかの“闇”が、かつてないほど荒れ狂い、暴れ噴き出しかけていた。
『リリィ…“闇”を身に宿し愛し子よ。あんたは破壊王様に選ばれるに相応しい…さあ、リリィ…可哀想なかわいいリリィ…わたくしがお母様になって差し上げるわ…』
お母様…?
わたしの、お母様…。
『リリィ、もう苦しまなくていいの…さあ、“闇”に心を委ねればいい。それだけで楽になれるわ…優しい“闇”が永遠にあなたを包み込んでくれる……』
「リリィ!!ーーーー!」
王太子殿下の声が聞こえたけど、意味のある音じゃない。まるで知らない言葉のように響く。
(聞くな…!聞くな!!聞くな!!!相手の思う壷になる!)
必死になって抗おうとしても、周りは闇で何も聞こえない。見えない。感じない。
やがて、わたしの脳裏に苦しくてつらい記憶が再生される。
何度も、何度も、何度も、何度も。
(やめて!見たくない…見たくない!!)
懸命に拒もうとしても、嫌な記憶は脳裏に直接再生される。何度も、何度も。
何度、死にかけただろう。
何度、棄てられただろう。
見せるな、見るな!見たくない!!
否定しても、否定しても。湧き出す光景。辛かった記憶。
やがて、現実と記憶が曖昧になっていった。
『辛かったね』
ええ、辛かった。
『悲しかったわね』
そうね、何度泣いただろう。
『寂しかったわよね』
最初からわたしには誰もいなかったもの。
『ひもじかったでしょ』
おばあちゃんが亡くなって、わたしは泥水をすすり、枯れ草や草の根や木の皮を食べた。
3つの子どもで食べ物をどうやって手に入れるかわからなかった。
『寒かったでしょう』
そうね…靴もないしほとんど裸で過ごしてた。家なんてなくて、枯れ葉や枯れ草を集めてその中で埋もれて寝てた。
『苦しかったでしょう』
ひどい環境だったから、栄養失調で痩せてしょっちゅう病気になってた。流行り病の時は苦しくて…森に棄てられた時は、もうだめだと絶望した。
『……リリィ、ぜんぶぜんぶ周りの…残酷な人間たちのせいなの。あなたは何も悪くないじゃない。だから、思い知らせてやるの。わたくし達でも非力でない…と。ね?復讐しましょう、リリィ。あなたの中にあるどす黒いものを、“闇”に委ねるだけよ。さぁ…』