王太子殿下と王宮女官リリィの恋愛事情
気がつくと、心配そうなクレア姉さんの顔が目の前にあった。
窓から射す日差しはとうに陰っていて、空気もひんやりとしてる。もう夕方を過ぎたんだと察せた。
(わたし…どうしたんだっけ?)
ゆっくりと視線を動かせば、見慣れた室内に見慣れない人たちがいた。クレア姉さんと変わらない年齢の金髪の男性と、わたしくらいの年ごろの黒髪の女の子だ。
からす亭の2階にある住居部分で、わたしとクレア姉さんは相部屋で住んでる。
ベッド2つが並ぶと手狭になる広さしかないけど、孤児のわたしには十分過ぎる住まいだった。
けれども、プライベートなそこに見知らぬ人がいる…それは、わたしには十分驚く出来事。
黒髪の女の子は心配そうな目をこちらへ向けていたけれども…違和感を感じたのは、金髪の男性の方。
一見同じようにこちらを気遣う表情をしていたけれど…なんだろう?その、蒼い瞳の眼差しはとても冷え冷えとしたもので。知らず知らず、背中が震えた。
「リリィ、寒いの?熱は無いわね…」
わたしのおでこに手のひらを当てたクレア姉さんは、あれやこれや心配してくれるけれども…夕陽を見た瞬間、あ!とわたしは反射的に飛び起きた。
「ごめんなさい、クレア姉さん!仕込みが中途半端だった。すぐにやるから」
「いいわよ!他の人が手伝ってくれたから」
「え?」
クレア姉さんの言うことがにわかには信じられなくて、思わずパチパチと瞬きをしてた。
からす亭があるフレークルート村は、この国ノイ王国の最北端のグレイボーン州の更に奥にある僻地。かつては温泉地として名を馳せたこともあったけれど、源泉が枯れ観光地として成り立たなくなってからは、過疎化と高齢化が進む一方の寒村。手伝える若い人に心当たりはなかった。