王太子殿下と王宮女官リリィの恋愛事情
「リリィさん、マルラさんはこの方についていただきます」
女官長が紹介してくださったのは、四十代半ば辺りの壮年男性。背がかなり高くがっしりとした体格だけど、太っているわけでなく無駄な肉がない引き締まった体をしてる。
日に焼けた肌に少し癖の強い黒髪とヒゲ。赤茶けた瞳は穏やかで、頑固そうに見えずほっとした。
「メイフュ王太子殿下の内侍(ないじ)を務める、ヴルグ・バーネットだ」
「リリィ・ファールと申します。以後、よろしくお願い申し上げます」
ヴルグさんは緑色の詰め襟の制服を着てる。カインさんと同じデザインだし、肩の飾緒や勲章はもっと多い。もしかして、彼の上官で上司?
「なるほど」
ヴルグさんはわたしを一瞥した途端、納得したように頷いた。
「リリィさん、もしかしたらあなたにならば王太子殿下もお心を開くかもしれない…10年にわたる殿下の呪縛を、どうか解いていただけたら…と願います」
また、だ。
カインさんに続いてヴルグさんまで、わたしに意味深長な態度を取る。
もっとも、カインさんは物騒な方法で“王太子殿下に近づくな”と警告してきたのだけど。
とても気になるからヴルグさんにきいてみたい。だけど女官長は目上の方に勝手に話しかけるな、と言ってたし。こちらから質問して失礼に当たらないかわからない。
うだうだしているうちに、先にマルラが口を開いた。
「あの、あたし達は何をすればいいんですか?」
「いい質問だ」
ヴルグさんはマルラを咎めることなく説明を始めてくれたけど。正直わたしはびっくりしてた。
(え、勝手に話しかけていいの?)
まだまだわたしも宮中作法は完璧じゃない。主に学んだのは貴人向けのマナーだから、奉仕する側はざっくりとしか知らなかった。
心のなかに今の出来事を書き留めながら、一生懸命覚えようと努める。
「マルラ殿とリリィ殿には、殿下の身の回りのお世話をお願いしたい。朝目覚めた時から夜にご就寝なさるまでですな」
ヴルグさんの説明はざっくり過ぎて、正直意味不明だった。