王太子殿下と王宮女官リリィの恋愛事情

「朝は殿下を起こしてもらう。ちょうどよい頃合いだから、今から寝室へ向かおう」

パチンと開いたヴルグさんの懐中時計では、ちょうど朝の6時を示してる。遅いか早いかよくわからない時間だ。

「ひええ〜いきなり殿下にお会いできるの?ドキドキなんだけど!」

マルラが本当に小さな小さな声で呟くのを、シイッと人差し指を唇に当てて注意する。てへ、と微かに舌を出したマルラも、寝室へ近づくにつれて緊張してきたのか、真面目な顔つきになった。

やはり、次の国王陛下になられるお方の居住空間だけあって、厳重な警備がなされてる。廊下の両側には一定間隔で衛兵が配置されているし、時折足を止められて身分証明書や許可証の提示を求められる。ヴルグさんでさえ例外はないから、面倒事を避けるため頻繁に出入りする貴人は専用の魔法具を身に着け、それを翳すだけで確認できる仕組みになってた。

「これはリリィ殿、マルラ殿それぞれの許可証。必ず身につけておいてくれ」

ヴルグさんから腕輪型の魔法具を渡された。わたしは淡い水色で、マルラは薄いピンク色。何も装飾がないシンプルなデザインだけど、身に着けた途端にブカブカだった腕輪が手首にピッタリのサイズに収まった。
マルラが素っ頓狂な声を上げるのも仕方ない。

「え!これ、どうなってんの?」
「特殊な素材と魔術がかけられているから、他の人間には使えないし、手にする事も不可能だ。では…」

いよいよ、王太子殿下と初対面かとドキドキしながら分厚いドアを潜り抜けて寝室へお邪魔したけど…

カインさんが、「また殿下に脱走されました…」と肩を落としてた通りに、ベッドの中はもぬけの殻だった。

「“勝手に女を充てがわれるのはまっぴらだ”ってグチってましたからね。そりゃ逃げたくもなるでしょう」

カインさん…あからさまにわたしを見ながら言わないでくださいます?
まるっきり、“あんたが悪い”と言ってるようにしか聞こえないんですが。




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