王太子殿下と王宮女官リリィの恋愛事情
ひとまず暖炉に薪を焚べて部屋を暖め、簡易ベッドに寝かせた男性に毛布をかけておく。
お酒の匂いがきついから、たぶん深酒で酔いつぶれたんだろうな…。働いてたからす亭は夜になると酒場も兼ねてたから、こんな状態の酔客は慣れっこだった。
「お水、飲んでください。お酒を薄めないと」
冷たい水を注いだカップを持って話しかけると、ピクッとまぶたが動いてからゆっくりと開いていく。
ブルーグリーンの綺麗な瞳に見詰められた瞬間、どうしてか心臓が高鳴った。
「……マ…ル?」
「…え?」
薄い唇から何か言葉が漏れたけど、声がかすれてたし小さすぎてよく聞き取れなかった。思わず聞き返すと、ぼんやりとした表情は次第にはっきりとしたものに変わり、やがて口元に皮肉めいた笑みを浮かべる。
「そう…だな。あいつが…いるはずがない……臆病者のオレは…伝えることさえしなかったんだからな……」
片手で顔を覆った彼の自虐的な呟きは、心底苦しそうで…。
ぎゅうっと、胸が締めつけられた。
彼に、何かあったのかなんてわからないし、知りようがない。
ただ、わたしは。
そっと近づいて毛布を持ち上げ彼を優しく抱きしめた。
「……触るな」
はっきりと、彼の口から拒絶の言葉を放たれた。
でも、わたしは離すつもりはない。
「ダメです。たくさん傷ついた人にこそ、ひとの温もりが必要なんです。院長先生にそう教えてもらいました。人を傷つけるのは人だけど、人を癒せるのも人なんだ…って。わたしもそう思います」
なるべく優しく聞こえるように努めながら、彼に話しかけてみた。
「わたしは、ここにいますよ。あなたの大切なひとの代わりにはなれませんが、あなたの気が済むまでここにいますから」
せいぜい数時間かひと晩のことだろう、と考えてそう言った。徹夜になるだろうけど、仕方ない。こんなにも深く傷ついた人を1人にして放おくなんてできなかった。