王太子殿下と王宮女官リリィの恋愛事情
どれくらい経ったんだろう。
彼の体からゆっくり力が抜けて、全身が弛緩していく。
そして、ぽつりと呟いた。
「…匂うな」
「え?あ…ごめんなさい!わ、わたし…働いてまだお風呂に入ってなくて…」
もしかして汗臭かった?とあわあわしてると、ぷっ…と男性に笑われた。
「オレの方がよほど臭いと思うがな」
「たしかに、お酒の匂いが…あ、ごめんなさい」
思わず本音が漏れて慌てて口を塞ぐと、またフッと笑われた。
「確かに、酒くさいだろうな…」
男性は簡易ベッドから降りると、何を思ったかいきなり棚を漁り、数枚のタオルやシャツを取り出す。
「あ、あの…いいんですか?」
「構わないさ。どうせすぐ補充される」
なんかやたら詳しい…もしかして、軍人なのかな?と勝手に予想していると、わたしにもタオルを渡してきた。
「ついて来い。いい場所がある」
そう言った男性は、こちらを見もせずにスタスタ歩き出した。小屋から出ると、薄暗がりの中を慣れた様子で進む。
慌てて追いかけしばらく進んだ先に岩肌が見えてきて、灌木が生い茂った場所を潜り抜ければ。むわっとした熱と湯気が広がる。
「わぁ…」
岩肌に囲まれた天然温泉の水面が、月明かりを反射して輝いて見えた。
「すごい…こんな場所に温泉があるんですね」
「掘り当てれば源泉はいくらでもあるからな。ガキの頃に見つけたから、いわば秘密基地みたいなものだ」
(ん?子どもの頃?王宮で子どもって…)
わたしのそんな思考は、盛大な水しぶきで中断された。どうやら男性は温泉に飛び込んだらしいけど。ハッとなったわたしは、慌てて温泉に入り彼を追いかけた。
「だ、ダメですよ。酔ったまま温泉に入ったら、アルコールが早く体を回ってよくありません!」