王太子殿下と王宮女官リリィの恋愛事情
「本当は2人きりでお会いしたかったのだけど、仰々しくなってしまって…」
微苦笑された王后陛下から自信作というパイをおすすめされて、食欲はないけど義務感からやむなく口に入れる。
「……美味しい」
しっかり焼けた生地はサクサクと香ばしくて、柔らかく煮たりんごの甘酸っぱさとカスタードの控えめな甘さが程よく、全然胃にもたれない。
出された紅茶はおそらく何種類かをブレンドしたハーブティー。わかるだけでも、疲労回復や気分をよくする配合がなされていて。
(王后陛下…もしかして…わざわざわたしのために?)
自惚れてはだめだと思うけど……でも。
ハーブティーをひと口含んで飲み込むと、爽やかな香りと微かな甘みが口に広がって体に染み込む。
なんだかこみ上げるものがあって、思わずぽろりと涙がこぼれ落ちた。
「あら、お口に合わなかったかしら?ごめんなさいね」
「い、いえ!違います」
王后陛下に気遣う顔をさせてしまい、慌てて目元をゴシゴシ擦った。
「う、嬉しいんです…わ、わたしに…親はいないので…もし、お母さんがいたら…こんなふうに心配してもらえたかな…とか。一緒にお菓子や料理を作ったりできたかな…とか。
いえ!王后陛下をお母さんのように思うなんて、畏れ多いんですけど」
「そうなのね……」
王后陛下は立ち上がると、そのままわたしに歩み寄りふわりと抱きしめてくださった。
「お、王后陛下…畏れ多いです…」
「いいの。……今まで、頑張ってきたのね……リリィ」
王后陛下はゆっくり、ゆっくりと背中を優しく撫でてくださって。柔らかく優しい香りとぬくもりに、緊張が解れていく気がした。
(駄目だよ…こんな…だけど)
お母さんは、こんなに温かかったのかな?とか。子守唄はこんなに綺麗な声で歌ってくれたのかな?とか。こんなに優しい人だったらよかったのに…と。どうしても思えてしまう。
どうして、わたしを棄てたの?わたしはそんなに要らない子だったの?お母さん!!
そう言って、声を上げて泣いてしまってた。