王太子殿下と王宮女官リリィの恋愛事情
リリィの奮闘
王后陛下の提案で、ひとまずわたしが小宮に住むのは見送りになってホッとした。
わたしの強い希望で女官として働くのも認めてくださったけど、交換条件として常に護衛は付けることだけは承諾しなくてはいけなかった。もちろん、目立たないように付けてくれるらしいけど。
(わたしが王太子妃…なんて。無理に決まってるもの)
翌朝は宿舎の部屋で目覚めて、ようやく人心地が着いた。ベッドが10個は並びそうな広さのここだって、わたしには贅沢なくらいだ。据え付けの棚やそれぞれのクローゼットに机、さらに姿見まで与えられてる。共同だけど、お風呂まで。
村にいたころは狭い部屋でお湯で体を拭くのが精一杯だったわたしには、十二分快適な環境。
そしてわたしの懇願で配置換えが行われ、雑務の担当になった。王太子殿下がわたしを特別扱いするという理由は説得力があったみたい。通常女官はやらない水仕事や肉体労働を進んでこなした。
マルラは王太子殿下の担当のままだったから、仕事が別れて寂しかったけど。自分のわがままでそうなったのだから仕方ない。
「う〜寒い…」
4月も半ばになっても、夜になって水場のそばだとやっぱり冷える。汲んだ水の入ったバケツを両手で持ち、よいしょと慎重に運ぶ。
あれから2週間近く経つけど、わたしの日常に特に変化はない。
王太子殿下にお会いするどころか、御姿を見ることさえない。
自分がそうなるように、と選んだからだけど。
わたしが王太子殿下の寵をいただいたこと。小宮に滞在したこと。ご家族と過ごしたこと。箝口令が敷かれていたのか、表沙汰になることは一切なくて、拍子抜けするほどだった。