王太子殿下と王宮女官リリィの恋愛事情
(本当に、夢みたいな1日だった…)
王太子殿下に求められて、王后陛下がお優しくて、ごきょうだいとも親しくしていただいて。1日だけど小宮に滞在し、特別感を味わえた。
わたしみたいな庶民には勿体ないくらい、特別な時間。
だからこそ、夢から冷める時の寂しさや虚しさは人一倍強く感じてしまって……。
(わたしは…今がいい。これが似合ってる。王太子殿下も忘れて……わたしの事は消したい過去になったかもしれない…)
それで、いい。
わたしより素敵な人はたくさんいる。
王太子殿下もわたしは好きな女性とただ似ていたけで、そのひととは違うと気付いたんだろう。きっと目が覚めて、違うひとを見てくださるようになる…。
「集中、集中…」
何かに躓いて足がよろけそうになったけど、こぼしちゃいけないと踏ん張ってバケツを持つ。
けど。予想外の人にぶつかりそうになり、慌てて避けようとしたけど。いきなり突き飛ばされ、頭からバケツの水を被る羽目になった。
「そこをおどきなさい!」
キツく言われて急いでバケツを拾うと、そのまま膝をついて謝罪の一礼をした。
「し、失礼いたしました!」
「…ま、どこの下働きかしら。アリス様に向かって失礼極まりないですわ」
「本当に、汚らしい。王族の血すら引かれているアリス様になんてことを」
王族の血??
何だかフワッと甘ったるい薫りがして、鼻を押さえたくなる。我慢しながら顔を上げると、目の前にいたのは目が覚めるような美少女。年の頃はわたしと同じくらいで、透けるような金髪を流したまま。グリーンの瞳は艷やかな新緑のよう。全体的に華奢で、吹けば飛びそうな儚さがあった。
一応、女官のドレスを着てはいるけど。色やデザインは明らかに違って華やいでる。
「顔を下げなさい!この御方は王家と縁が深いレッドラン公爵家令嬢。そして、メイフュ王太子殿下のお妃となられる御方。あなたのような下々ではお顔を見ることすらできぬ高貴な御方なのですよ!身を弁えなさい!!」
付き従う侍女に一喝された時、ズキリと胸が痛んだことは見ないふりをした。