王太子殿下と王宮女官リリィの恋愛事情
北へ
わたしが寝込んでいる間にフィアーナ王国との国境で漂っていた不穏な気配は、遂に武力衝突という出来事を生み出していた。
「今のところは小競り合い程度だが、このまま看過できないと陛下はお考えらしい」
カインさんも一応軍に所属しているから、わかってる事はわたしに報告してくれる。だから、ベッドに居ても動向を掴みやすかった。
「小競り合いがある土地って…」
「ここだ。グレイボーン州…レッドラン公爵の領地だな」
カインさんが広げた地図を指差したけど……。
「……こ、ここって……」
「ああ……フレークルート村…リリィ、あんたの出身地だ」
カインさんが持ってきた情報に、頭が真っ白になった。
(クレア姉さん……院長先生……みんな……どうか、無事でありますように……)
カインさんによると、小競り合いは大した事はなく怪我人もそう出なかったらしい。
だけど……軍人はそうでも、民間人は?
いつだって、争いごとの犠牲になるのは弱い立場の人たち。老人や病人や女子ども……。
故郷に残したわたしの大切な人たちがまさにそうだった。
「リリィ、大丈夫だよ!あの強いクレア姉さんなら無事だって」
クレア姉さんのことを知ってるマルラが励ましてくれる。隣のオリディ村だってきっと巻き込まれて、マルラも心配だろうに。
「う、うん。そうだよね…きっと大丈夫だよね」
「そうそう!あたし達が信じなきゃ……きっと大丈夫だ……って…」
そう言いつつも、マルラは涙を堪えながら震えてた。きっと自分に言い聞かせているんだろう。マルラだってまだ16歳の女の子…いくら気丈でも、不安でたまらないだろう。
(……行きたい、様子を見に。けど……)
逸る気持ちを懸命に抑えているうちに、意外な展開が待っていた。
王太子殿下が、自らグレイボーン州に赴く決定をされたから。