贖罪
とある寂れた教会。
神に許しを乞う者がいなくなり、神が消えてしまった場所。
色とりどりのステンドグラスが射し込む月の光を反射させ、ステンドグラスの前に置かれたマリア像を照らす。
「泣いてるの……?」
光が反射したマリア像の頬は涙が伝ったように輝いている。
そんなマリア像の頬を神室は指先でそっと撫でる。
普段の残忍さが嘘かのように、神室の顔は穏やかで優しげだった。
ふと、床が軋む音がする。
「神室様」
名を呼ばれ、神室は床が軋む方を見た。
そこにいたのは一人の男。
彼は誰よりも信頼されている男で、この日本で知らない者はいない。
そんな彼は神室を敬愛し、犯罪を犯している。
「強欲を処分したようですが、何をお考えですか?」
「それは君が知らなくて良いことだよ」
「ですが、残りの罪人は怠惰と傲慢である私だけ。これでは、七つの大罪の威厳が――」
男はそこまで話して、言葉を飲み込んだ。
神室はただ彼を見つめているだけだが、その目には冷酷さが浮かんでいる。
男の背中には冷や汗が伝い、緊張で喉が渇く。
「僕に指図するの?言っておくけど、君を生かしているのは利用価値があるから。……傲慢が過ぎるなら殺すから覚えておいて」
「も、申し訳ありません……」
男は深々と頭を下げた。
表では神室に従順な振りをし、敬愛を向けている振りをする。
深々と頭を下げた先では屈辱を噛み締めるかのように唇を噛む男。
この男の名は久宝公武、国民の信頼を一身に受ける日本の首相である。
「そうだ。彼は元気?」
「彼?」
「君の息子、怠惰のことだよ」
「相変わらず家に引きこもり、何やらアプリを開発しているようです」
神室は「アプリ……」と小さく呟いて、クスリと笑う。
彼の中で何か思いついたようだ。
だが、久宝にはそのことはどうでも良かった。
自分には興味を抱かないのに、息子には抱いた神室。
傲慢で、自尊心が強い久宝にはそれが許せなかった。
「さてと、次の喜劇を始めようか」
神室の楽しげな声が教会の中に静かに溶けていった。
月の光を反射させて泣いているように見えたマリア像は、月が雲に隠れたせいで暗い影を落とす。
まるで、神室の悪行を嘆くように――。