二度目まして、初恋
「無視かよ」
目が合った瞬間、光の速さでそらされた。
「何の用?」
ちっ、とそこそこ大きな舌打ちが響く。
社員証がなければ不便だろうからと、わざわざ会社まで届けに来たというのに、この態度。当然、辺りにも人がまばらながらもいるというのに、よほど俺のことが気に食わないらしい。
「これ、要らねぇの?」
「あ! 私の! 返してよ!」
「それが人にモノを頼む態度かよ」
「カエシテクダサイマセンカネ」
まぁ、その気持ちは分からなくもない。
誰だって、恋人との仲を引っ掻き回すようなことをされれば、腹ぐらい立つ。彼女の様子から察するに、電話のことはおそらく追及されている。わざと残した首の痣は、どうだったのだろうか。襟元のある、それを隠せる服装をしているから、彼女自身は気付いているのだろうけれど。
「返す前に聞きてぇんだけど」
「何」
「今日の夜、空いてるか?」
「は?」
「飯。行かね?」
ぽかん、と少しだけ隙間のあいた唇に噛みつきたい。
「行くわけないでしょ馬鹿なのさっさと返してよ」
なんて思っていれば、一息に吐き出された罵声。半年に一度の、たった二時間程度の同窓会だけでは気付けなかったけれど、十年あればどうやら人は口が悪くなれるらしい。「届けた礼はねぇの」と聞けば、「そこの自販機でコーヒーでも買え」と百円玉を二枚投げつけられた。
「……金投げんのやめろ。行儀悪ぃぞ」
「くそが。ド正論かましやがって」
ちゃりん、ちゃりん。床に落ちて転がったそれの音で、複数の視線がこちらに集まる。
これは、俺のせいじゃねぇぞ。
そう視線で訴えつつ、ぴらぴらと顔の横で社員証をひけらかせば、ナチュラルなメイクが施された顔がくしゃりと歪んだ。
「行きゃいいんでしょ、行きゃあ」
七時に迎えに来る。
にっこり笑ってそう言って、社員証を彼女に返した。