魔女見習いと影の獣
 結局、イネスは選んだドレスを着付けた後も「お誘い」の内容は明かしてくれず。
 わけも分からぬまま暗い夜道を馬車で進み、やがて辿り着いた賑やかな王宮を仰いだリアは、困惑を露わに立ち尽くしてしまった。

「だ、だよね、ここしかないわよね……」

 今日はアイヤラ祭の三日目。祭りの目玉イベントであるダンスパーティが開かれる日だ。
 しかしながらリアはこの催しに参加した経験がない。毎年、外の屋台を巡って美味しいものを食べて帰るという色気皆無の楽しみ方しか知らないので、どうしたものかと途方に暮れる。

「それじゃあリア、楽しんできてね」
「へ!? 一緒にいてくれないの!?」

 気分はまるで、初めて一人で買い出しに行かされる幼子のよう。
 喧騒と暖かな光を背に振り返ると、控えめな化粧で更に美しくなったイネスが、ちょっぴり申し訳なさそうに笑った。

「私、この後ユスティーナ様に呼ばれてて……」
「そんなぁ……」
「ええと、大丈夫よ、王宮は火の精霊がいてとっても温かいし、みんな自分のことで精一杯だから緊張する必要ないわ」

 それに、とイネスは王宮をちらりと一瞥し、慈しみ溢れる笑顔で告げたのだった。

「エルヴァスティに帰ってきてから、ずっと我慢ばかりだったでしょう? 危ない目にも遭ったし……警備は万全だからしっかり楽しんでおいで、リア」
「イネス……ありがとう……でも私ダンスしたことない……」
「ふふ、それは心配ないわ、きっと」
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