魔女見習いと影の獣
「さっき何処からかお師匠様の声が聞こえたような……」
「リア、足は大丈夫でしたか?」
「あっ、うん! ちょっと滑っただけ」

 曲の終わりと同時に人混みから抜け出したリアは、優しい声に笑顔で応じた。途中、繋いだままの手を見ては分かりやすく頬を弛めつつ。
 エドウィンに連れられ大広間の端にやって来るなり、彼女は興奮を露わにしつつ口を開いた。

「エドウィンって教えるの上手いのね! 私、踊るの初めてなのにちゃんと足が動いたわ!」
「いえいえ、リアに素質があるのかもしれませんね」
「やだ、そんなこと言われたら調子乗っちゃうわよ」

 既に調子に乗っているリアは上機嫌に笑ったところで、はたと周囲に視線を巡らせる。
 よく見てみたら、エドウィンの後方で複数の少女がこちらの様子を窺っていた。それだけではない、彼女らを押し退けるようにして前に出てきた妙齢の女性も、熱い視線をエドウィンに注いでいるではないか。
 ──忘れてた、この人めちゃくちゃモテる騎士様だったわね。
 パートナーの男性と腕を組んでいる女性でさえ目を奪われているのだから、やはり都会の色男は非常に罪深い。
 それにこのダンスパーティは身分問わずに誰とでも踊れるため、素敵な貴公子と一夜のアヤマチを狙う子もいるとか何とか、カティヤが昨日ぺらぺらとそんなことを喋っていた。

「ねぇエドウィン。アヤマチ……じゃなかった、あの子たちと踊ってあげたら?」

 エドウィンはぴしりと笑顔を固まらせると、リアの視線を鏡越しに確認する。背後の異常な人だかりを目視した彼は、頬を引き攣らせ暫し瞑目。
 再び瞼を開く頃には、落ち着きを取り戻した様子で口を切った。

「それは承諾しかねます」
「あ、もしかして私に気をつかってるの? 大丈夫よ。昨日の件もあるし、ちゃんと人気(ひとけ)のあるところで」

 待ってる、と続けることは叶わなかった。
 おもむろに伸ばされた彼の手によって、リアの顎がくいと持ち上げられる。その拍子に口も閉じてしまい、リアはまばたきを繰り返しながら菫色の瞳を見返した。
 エドウィンは彼女の言葉をいとも容易く中断させると、そっと手を下ろしつつ微笑む。

「僕と過ごす時間には、もう飽きてしまいましたか?」
「……えっ?」
「すみません、僕から誘っておいてリアを満足させられなかったようですね」
「え!? いや、そういう意味じゃ」

 ハッとして訂正を試みるも、エドウィンは何とも残念そうな、そして申し訳なさそうな笑みで瞼を伏せてしまう。やたらと長い睫毛に一瞬だけ見入ってから、リアは慌ただしく彼の顔を覗き込んだ。

「ご、ごめんなさいエドウィン。あの子たち、エドウィンのこと見てたから踊りたいのかなって……飽きたとかそんなことはないから安心して!」

 エドウィンは口元に笑みを浮かべたまま、慌てふためくリアを眺めたのち、ふと穏やかな声音で尋ねる。

「そうですか? ……でしたら不安ついでに、もう一つだけ伺っても?」
「なに?」
「──今つけている香水、ご自分で買われたんですか?」

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