魔女見習いと影の獣
 無造作に縛っていた黒髪をほどき、三つに分けた毛束を編み込む。手早く編み込みを完成させたリアは、青みがかった紫色のリボンで毛先をきっちりとまとめた。
 白いレースで縁取られたサテン生地のリボンは、妙に厚みのある手紙──エドウィンからの文と一緒に同封されていたものだ。

 ──あなたの黒髪に似合いそうだと思って、つい手に取ってしまいました。良ければ使ってください。

「またっ……またこういうことをサラッと書く……!」

 むず痒い気分で唸りつつも、知らぬ間に心は弾んでいた。姿見で仕上がりを確認しては頬をゆるめ、改めて彼からの手紙を読み返す。

「……エドウィン、また帝国に呼ばれてるのね。ちゃんと寝てるのかしら」

 五年弱もの間、北部戦線で活躍していたエドウィンは、キーシンの残党を追うに当たって必要な人材だ。
 加えて皇室、大公家の血縁ということで信頼も厚い。現に皇太子であるサディアスとも友人のような関係を築いているし、重要な作戦に組み込みやすいのではないかとヨアキムは言っていた。
 そういった話を聞くと、つくづく凄い人物と知り合いになったものだとリアは再度唸る。
 死に至る呪いを解いて欲しいという突拍子もない依頼を機に、今もなお伯爵である彼と親しく出来ているのは──ひとえに向こうが繋がりを維持してくれているからだ。
 本来、平民のリアが彼と文通している時点で異常だということを、最近になってようやく実感しはじめたところである。

「まぁでも、お師匠様だって依頼で知り合いになった貴族は沢山いるし……別に変じゃないわよね」

 リボンを指先でつつきながら、リアはぶつぶつと言い訳じみた独り言を漏らす。
 エドウィンと仲良くすることで自分には何ら不利益が生じない一方、彼はどうだろうと頻繁に考えるようになったのだ。
 ──西方で魔女と呼ばれる存在(リア)と親しくすることで、ゼルフォード伯爵としての評判が落ちたりしないだろうか、とか。そもそも。

「エドウィンって婚約者いないのかな」

 ぽつり、こぼれた言葉にハッとする。

「そうよ、だって貴族でしょ。然るべき家柄のお嬢さんと結婚するわよね……? 私と仲良くしてたら婚期を逃しちゃうわ……いや、あの美貌なら心配ないのかしら」

 大公家の血縁者、伯爵、美人、若い、優しい。引く手あまたにも程がある。リアが心配することではなさそうだった。

「うっ……? んん?」

 しかしながら、爽やかな笑顔を浮かべたエドウィンが、見知らぬ令嬢と腕を組んで華々しく式を挙げる姿を想像すると、何故かすっきりとしない。どころか胃が痛くなってきた。
 唸りながら寝台に転がり、リアは三つ編みの先端を摘まみ上げる。黒髪を彩る菫色へ、何となしに唇を寄せたところで、ふと門を閉じる音が耳に入った。
 マルコが帰ったのだろう。いつも商談の間は邪魔をしないよう席を外しているのだが──今日は随分とあっさり引き上げたのではなかろうか。

「オーレリア」

 そのとき、殴りつけるようにして部屋の扉を開けたのは、言わずもがなヨアキムだった。寝台でゴロゴロとしていたリアが呆ければ、師匠は深い溜息と共に告げる。

「大巫女から手紙が来た。遠出の支度をしろ」
「どこ行くの?」
「クルサード帝国だ」

 リアは目を丸くしたのち、手にしていた手紙に視線を落とす。
 やがて分かりやすく喜びを露わにしたならば、ヨアキムから額をぴしりと弾かれたのだった。
< 111 / 156 >

この作品をシェア

pagetop